動かなかった隊列
帝国騎兵が北の廃道に現れたという知らせで、王国の本営がざわついた。若い将校は伏兵を疑い、主力を向けようとした。セイルは報告を読み、廃道の崩落について確認した。去年の雨で片側が落ち、重い馬車は通れない。それを知らないのはむしろ帝国側かもしれない。
「それでも騎兵なら来られる」と将校が言った。
「来られます。でも帰る道が狭い。大軍を誘う場所としては危険です」
セイルは見張りの増員だけを提案した。兵は動かさず、旗によって知らせを回す。将軍ダリオは様子を見ることを選び、廃道に向かった騎兵は遠くから引き返した。
その晩、本営では判断が正しかったと喜ぶ者がいた。セイルは同意しきれなかった。帝国軍が本気で攻めるつもりだったか分からないからだ。敵もこちらの反応を見ていたのかもしれない。正しさを確かめるために、味方の命を賭け直すことはできない。
翌朝、セイルは測量官を連れ、廃道の南端を歩いた。崩れた斜面の下には古い石垣が残っている。そこを直せば小人数の斥候が通る道になるが、重い車輪は無理だ。彼はその違いを地図へ書き込んだ。
「敵がこの道を直したら」と測量官が尋ねた。
「直す時間と人手が要ります。その動きが見えたら、考え直しましょう」
翌朝、廃道の見張り兵は旗の上げ方を一度間違えた。セイルは責めず、風で布が巻きつかぬよう棒の先に小さな輪を付けさせた。合図を考えた者と、実際に使う者は違う。現場で使える形へ直すことも、備えの一つだった。
兵を動かさない日にも、考える仕事は減らない。セイルは泥を払って本営へ戻った。静かな道に、次の警報のための小さな杭が打たれた。




