二つの封蝋
王都へ届いた帝国の使節団は、黒い馬の尾を白い布で結んでいた。友好の使節には用いない飾りである。王宮の廊下では、官吏が足音を潜めて歩き、使節の通る道を空けた。封書を受け取った国王アルベルトは、書面を最後まで読んでから顔を上げた。
帝国は国境通行権の恒久的な譲渡と、東岸の三つの関所の管理権を要求していた。回答期限は七日。拒否すれば武力を行使する、と短い一文が添えられている。王は即座に怒鳴らず、財務官に交易量を、外務官に過去の条約を持ってこさせた。
同じころ、ギルドでは商隊護衛の依頼札が次々と外された。依頼人が荷物を動かすのを恐れ始めたのだ。セイルは掲示板に残った、小さな村からの井戸浚いの依頼を手に取った。国境の騒ぎを聞かされても、すぐには動かなかった。
「帝国が戦を始めたら、冒険者も徴集されますか」と若い剣士が尋ねた。ミレーネは「ギルドの契約に強制徴集はない」と答えたが、王都の鐘楼から伝令の旗が上がるのを見て口を閉じた。法に書かれていないことが起こるのが戦時だ。
セイルは窓越しに街を見た。魚屋の妻が値札を消し、パン屋の親方が売れ残りの生地を普段より小さく丸めている。まだ剣は交わっていない。それでも人の手つきが変わっていた。
城門前では使節に石を投げようとする若者を、門番が止めた。国王は使節の安全を守る命令を撤回しなかった。国の言葉が厳しくなる日ほど、約束の扱いが試される。
夕刻、王宮から帝国へ二つ目の封書が送られた。関所の譲渡を拒み、条約に基づく再協議を求める返答である。国王は使節を丁重に送り返した。夜のうちに国境へ向かう伝令馬が三度替わり、王都では誰もが翌朝の市場の値段を気にして眠った。




