父の空席
先帝の執務室は、レオンハルトが即位してからも手を入れていなかった。机の上には古いインク瓶と、王国から贈られた木彫りの鳥が残っている。父は和平の記念に受け取ったその鳥を、窓辺に置いていた。皇帝は鳥の羽に溜まった埃を指で拭った。
父は争いを避けることに長けていた。王国の国王アルベルトとは何度も使節を交わし、国境の市場を開いた。だが両国の利益が衝突すると、譲歩して時間を買った。その時間で何かを変えられなかったのは、父だけの責任ではない。帝国の官僚も貴族も、変えることを後回しにしていた。
レオンハルトは少年のころ、父に尋ねたことがあった。「国境は誰が決めるのですか」。父は庭の石垣を示し、「隣人と話し合いながら決めるものだ」と答えた。石垣が崩れたら一緒に積み直す、とも。
今、レオンハルトはその答えを捨てきれずにいる。けれど関税と輸送の歪みはすでに民を苦しめていた。戦を選んだからといって、正しい道に立った証明にはならない。勝っても敗れても、自分が選んだことの代価は残る。
リディアが訪れ、国境での軍費を報告した。予想より大きいが、まだ持ちこたえられる。皇帝は予備費を崩す許可を出し、冬の救貧院へ渡す予算は減らさないよう命じた。
父が置いた鳥の底には、小さな日付が彫られていた。和平が結ばれた年である。皇帝はそこを見つめた。あのときの喜びが嘘だったわけではない。時代が変わったことと、過去を嘲ることは別だ。埃を拭う布を、丁寧に折り畳んだ。
部屋を出る前、木彫りの鳥を元の位置へ戻した。窓から差す光が、その小さな影を机に落としていた。父の座っていた椅子は空のままだ。皇帝はそこに座らなかった。




