島の雨音
王国の本営に冷たい雨が降り、セイルは古い小屋の軒下で休んでいた。湿った土の匂いが、灰環島の夜を思い出させた。十歳で送り込まれた島には、丈夫な屋根も温かな食卓もなかった。最初の冬、木の根の下で雨を避け、海へ流れ込む水を手で掬って飲んだ。
島で学んだことを尋ねられるたび、彼は困った。魔物の足跡を見れば、どこへ歩けばよいか分かった。武器がなければ石を拾い、石が割れれば枝を使った。何かを選ぶとき、身体の奥で一つだけ道が明るくなるような感覚があった。ただし道が見えても、足が動かなければ辿り着けない。
島で何度も失敗した。強い雨に押されて崖から落ちかけたことも、食べられない実を口にして高熱を出したこともある。最初から何でも分かったわけではない。生き残ったからこそ、失敗を次の日に持ち越せた。
「セイルさん、雨漏りです」と伝令が声を掛けた。小屋の戸口から水が入り、保管していた弓弦が湿っている。セイルは記憶を閉じ、兵たちと溝を掘った。雨水が軒先へ流れるようにすると、床の水位がゆっくり下がった。
作業が終わっても雨は止まなかった。伝令の少年は「島でもこんな雨でしたか」と尋ねた。セイルは首を振った。「島では雨の匂いが違ったよ。海から来る雨は塩が混じる」
伝令の少年は海の話を聞きたがった。島の波は大きかったか、貝は食べられたか、夜には星が見えたか。セイルは三つの問いに違う答えをした。怖かった記憶ばかりではない。崖の上で初めて見た朝日は、十年たっても鮮やかだった。
少年は不思議そうに空を見た。ここには海がない。セイルは濡れた道具を片付けた。十年間の空白は、そのような小さな違いとしてしか、いまの暮らしに現れなかった。




