旗より遠い声
帝国軍の将軍クラウスは、王国の訓練場にSSS級の冒険者が現れたという密報を皇帝へ示した。槍兵を次々倒したらしい。報告は大げさで、百人に勝ったと書く者もいれば、手合わせしたのは三人だという者もいた。皇帝レオンハルトは人数より、兵に何を教えたか尋ねた。
答えは、互いの足を見る練習だった。皇帝はしばらく黙った。派手な技術を教えず、兵が自分の弱点を知るようにする。それは一人が強くなる方法ではない。多くの兵が致命的な失敗を避ける方法だ。
「部隊の強さは、弱い兵の最後の一歩で決まることもある」と皇帝は言った。
クラウスは敵の冒険者を早めに討つべきだと進言した。だが前線へ隠密兵を送れば、渡河設備の護衛が薄くなる。成功の見込みも分からない。皇帝は今すぐの暗殺を命じず、相談役の移動先を記録させるにとどめた。
その日の午後、帝国の訓練場では蹄鉄が外れた馬を巡り、小隊長と馬丁が争っていた。馬を出さない小隊長は怠慢だと責められた。皇帝は話を聞き、軍用馬の検査を馬丁の判断で止められるよう規定を変えた。馬を知る者の声が、指揮系統の低い場所で消えないようにするためだった。
「王国の真似ですか」とリディアが尋ねた。
「必要なことは相手が先でも構わん」
馬丁たちは新しい規定を聞いて、すぐに馬を止めるようになったわけではない。上官へ逆らったと受け取られる怖さがあった。皇帝はその不安を聞き、最初の検査では自分の前で停止の合図を出させた。命令が紙だけで終わらぬようにしたのだ。
皇帝は王国軍の動きを追いながら、自軍で見落としていた小さな声を拾おうとしていた。敵の旗は遠い。だが足元の蹄鉄は今ここにある。どちらも同じ戦争の一部だった。




