粉屋の朝
王国の水車小屋は、夜明け前から回り始めた。町の粉屋は戦が始まって以来、毎日挽く量を減らしていた。軍が麦をまとめて買い上げ、市場へ出る粉が少なくなったからだ。セイルが来ると、粉屋は軍票を突き返した。「紙より麦を持ってきてくれ」
セイルは怒らず、役所の配給記録を見せてもらった。軍の倉庫には麦がある。だが製粉所までの馬車が不足し、粒のまま積まれていた。軍は兵糧の量だけを確保して、粉にする仕事を忘れていたのだ。
彼は馬車を増やすのではなく、空で戻る軍用車に麦袋を載せる案を出した。荷台を汚さぬよう敷布を使い、軍の倉庫から粉屋へ運ぶ。粉屋には加工賃を現金で払い、粉の一部を町へ売れるようにする。
粉屋の親方は最初、不信そうだった。けれど昼過ぎに最初の袋が届くと、弟子とともに石臼を回した。麦粉の香りが小屋に満ち、店先へ並ぶ人の声が少し柔らかくなった。
午後、ダリオが軍の出納官を連れて現れた。民へ売る粉が多すぎると言われると、セイルは配給量と加工量を並べて説明した。「兵は粉を食べますが、町の人も食べます。町が空になれば、兵の靴を直す人もいなくなります」
出納官は不満を残しながらも帳簿を修正した。店先では幼い兄妹が小さなパンを分けていた。二人は戦の理由を知らない。粉があることだけを喜んでいる。
粉屋の弟子は、軍の馬車が来る時間を壁に刻んだ。これまで気まぐれだった納入が、二日続けて同じ刻限になったからだ。セイルは運搬係にその話を伝えた。大きな政策より、約束の時間を守ることが信用を作る場合もある。
水車は夜まで回った。回る音を聞きながらセイルは、戦に勝つ道と、人が暮らせる道が必ずしも別ではないことを確かめた。




