望遠鏡の角度
皇帝レオンハルトは前線の望楼に上がった。川向こうには王国軍の旗が点在していたが、一つの大きな陣を形作っていない。橋を突破すれば勝てるという単純な形ではなくなっている。クラウスは不機嫌そうに望遠鏡を渡した。
皇帝が最初に見たのは旗ではなく、道沿いの轍だった。補給車がどこから来て、どこへ去るか。王国軍は同じ道を往復せず、幾筋もの細い路を使っていた。雨で一つが崩れても全てが止まらぬようにしているのだろう。
「小舟が入江を出入りしております」と斥候が言った。帝国の砲兵は攻撃の許可を求めたが、距離が遠い上、舟には武器らしきものがない。皇帝は撃たせなかった。武器でないからではない。少ない舟を沈めるために砲の位置を明かすことが割に合わなかった。
皇帝は望遠鏡の角度を少し下げ、川岸に並ぶ濡れた革を見た。兵が靴を直しているらしい。大規模な攻勢の準備ではない。それでも軍を長く生かす準備には違いない。
「王国の相談役は、商人を使っているのかもしれませんな」とクラウスが言った。
「兵だけで国を守る者はいない。商人を失えば、兵も飢える」
帰りの階段で皇帝は足を止めた。古い段が一枚、踏むと大きく軋んだ。彼は修理を命じ、望楼の高さを変える案を退けた。敵を見るための場所が、味方の足を折っては意味がない。
望楼の見張りは、暮れ方になると寒さで指がかじかむと言った。皇帝は望遠鏡の革巻きを厚くするよう工房へ伝えた。道具を長く持つ者の不便は、道具を買う者には見えにくい。次の試作品が来るまでは、温めた布を交替で使わせた。
王国側の小舟は日暮れまでに入江へ戻った。帝国側の記録には、荷の内容は不明とだけ残された。皇帝はその不明を消さなかった。




