人を数える帝国
帝国の軍政官は占領予定地の人口表を皇帝レオンハルトへ差し出した。町ごとに人の数だけが並んでいる。働ける男、働けない老人、幼い子供。皇帝は表を返し、職業の欄を加えさせた。鍛冶屋が一人いなくなれば、馬の蹄鉄を替えられない村があるからだ。
「占領前から数える必要がございますか」と軍政官は尋ねた。
「占めたあとで慌てるより、今のうちに知らぬことを知っておきたい」
王国の町から逃げた住民は、帝国の支配が来たとき戻るだろうか。軍政官は税を軽くすれば戻ると言ったが、皇帝は首を振った。税は条件の一つにすぎない。戻る先に井戸があり、家があり、隣人がいることを確かめられなければ、人は動かない。
リディアは帝国内の移住者から情報を集める制度を提案した。皇帝は報酬を払い、証言の真偽を複数の資料で確かめるよう命じた。戦の混乱は、嘘を売る者にとってよい商機となる。
午後、軍政官が王国側の鐘について報告した。兵が来ると思って近づいたら、村人が整然と荷をまとめていたという。偵察に出ただけの帝国騎兵は遠くで引き返した。皇帝は鐘の合図がいつ作られたか尋ね、まだ新しいと知った。
「王国は軍を動かす前に民を動かしている」
人口表を埋めた軍政官は、最後に「帰郷予定」という欄を作った。数字は空白ばかりだった。皇帝は無理に埋めさせず、その欄を残した。いつ戻るか分からない人を、最初から戻らぬ人として数えないためだった。
皇帝は人口表の余白に、鐘のある村とない村を分ける線を引かせた。占領する土地の数字だけを数えてはならない。そこに住む人が、自分でどこへ行けるかも数える必要があった。




