丘を奪わない夜
レオンハルトは夜襲の提案を受けた。砂州の対岸にある王国の小丘を奪えば、補給路の見通しが良くなるという。クラウスの計画は緻密で、兵の進路と合図の時刻も揃っていた。皇帝は地図を読み、夜の増水で戻る道がなくなる可能性を問うた。
クラウスは攻撃が成功すれば問題ないと答えた。レオンハルトは成功後に兵と負傷者をどう運ぶのか、さらに問いを重ねた。小丘は守る面が多く、水際の一か所からしか補給できない。獲得する価値はあるが、保持する費用も大きい。
サビーネは現地から、夜の砂州では靴音さえ水に紛れるが、舟を引く音は遠くへ響くと伝えた。隠密は完全ではない。皇帝は夜襲を見送り、攻める条件を三つだけ書き直した。水位、舟の余裕、負傷者を戻す道。それらが揃うまで待つ。
作戦を退けられたクラウスは、王国が丘をさらに固めると懸念した。レオンハルトはその通りだと認めた。相手も考え、働き、備える。敵の時間を止められない以上、こちらが動かない日にも意味がある。だからこそ、今ある砂州を傷めずに持つ必要があった。
軍議の後、クラウスは一人で舟着き場の図を描き直した。撤退路を太く描くほど、攻撃に使える兵が減る。彼はその現実を皇帝へ隠さず報告した。レオンハルトは不足する兵数を埋めるため、別の戦線から無理に引き抜く案を退けた。小丘へ立つ旗より、帰還できる舟の方が今は必要だった。
夜、皇帝は軍議の最後の灯を消した。窓の外には風があり、川辺から届く報告は夜明けまで来ない。攻める覚悟を持つことと、今夜攻めることは同義ではない。レオンハルトは地図の小丘へ印を付けず、まだ王国のものとして残した。




