折れた矢の行方
王国の丘で、帝国側から飛んできた矢が一本だけ見つかった。誰も傷つかなかったが、兵たちは攻撃の前触れだと騒いだ。セイルは矢の羽根が濡れ、軸が途中で折れているのを見た。射られたものか、川を流れたものかさえ分からない。
弓兵隊長は仕返しの一射を求めた。セイルは「誰へ射るのですか」と尋ねた。対岸の見張り台へ届く距離ではなく、撃てば砂州の水際に落ちるだけだった。隊長はしばらく黙り、矢を持って射線を測ることに同意した。
川上の古い訓練場では、放たれた矢を拾えないことがあると猟師が教えた。増水した川が軸だけ運び、岸に引っかけるのだ。セイルは矢の材と羽根の切り方を記録したが、所属を断定しなかった。王国で使う矢にも似たものがある。
午後、対岸では帝国軍が補強工事を続けた。こちらの兵は矢を構えたまま待ち、結局何も起こらなかった。緊張した肩を解くようセイルが告げると、若い兵が息を大きく吐いた。戦いの気配がある日ほど、何も起こらない時間を耐えるのは難しい。
矢の材を調べた弓職人は、矢羽が片側だけ擦り切れていることに気づいた。舟の板に挟まれた痕かもしれない。セイルはその見立てを記録に加えたが、矢の行方を追うために民間の漁を止めることはしなかった。証拠を求めてすべてを閉じれば、戦場の周辺にいる人の仕事が滞る。調査には調査の限度があった。
日暮れ、折れた矢は倉庫へ収められた。調査が終われば廃棄するか、教材にするか決めるという。セイルは保管札に「飛来経路不明」と記した。一つの矢が戦を始める口実にもなり得るからこそ、知らないことを知っているふりはしなかった。




