命令の届く岸
帝国の見張りが東端を一時失ったあと、レオンハルトはサビーネへ小さな部隊移動の権限を追加した。だがその命令が現場へ届くころには、彼女は既に見張りの配置を変えていた。皇帝は二つの命令が食い違っていないか確認させた。
サビーネの変更は、草の中に警報縄を張ることで敵斥候の接近を知るものだった。皇帝の追加権限はそれを妨げない。ただし設置した縄を味方の兵が踏む危険がある。レオンハルトは現地図に位置を記し、交代する隊へ必ず引き継ぐよう命じた。
クラウスは現場へ任せる範囲が広がりすぎていると不安を示した。皇帝は、現場が独断で動くのではなく、何を目的に動けるかを明確にすることが必要だと答えた。砂州を守るための移動と、王国へ攻め込む命令は同じではない。
前線から戻った書記が、サビーネの机には濡れた地図が三枚並んでいると話した。紙が湿るため、毎朝新しい印を付け直しているという。レオンハルトは軍務院で乾いた地図だけを見ていた自分との差を思い、耐水の板を送るよう頼んだ。
耐水の板を選ぶとき、軍務院は高価な油布を使おうとした。しかし現地では油の匂いが強く、砂州の虫が集まるとサビーネが伝えた。皇帝は材を替え、薄い木板に蝋を塗る案を試させた。書類を守るための道具が見張りの邪魔になれば意味がない。帝都で便利に見える物も、川辺では違う顔を持っていた。
翌日、サビーネから「不要な変更なし」と短い返書が届いた。皇帝はそれを信頼の証しと受け止めた。命令が届く前に判断した者がいて、その判断が正しければ、皇帝の署名は必ずしも最初に必要ではない。戦場を遠くから動かすには、そういう強さも要った。




