戻らなかった偵察舟
帝国の砂州から出た偵察舟が、予定の時刻になっても戻らなかった。レオンハルトは報告を受け、すぐ敵の捕縛と判断しなかった。川の増水と風の向きを確かめ、舟が安全な岸へ上がった可能性も含めて捜索を命じた。現場のサビーネには判断の余地を残した。
日が傾く頃、舟は下流の葦原で見つかった。櫂を一本失い、兵三人が川岸に避難していた。岸へ近づくには泥が深く、救助の荷車は届かない。サビーネは綱を渡そうとしたが、水面の下に流木が引っかかっている。急いで進めば次の舟も壊す。
皇帝へは「帰還予定超過」とだけ報告が上がった。クラウスは兵を救うため大隊を動かす案を出したが、レオンハルトは現地の指揮官が既に手を打っていると答えた。夕刻、葦の内側から歩いて戻れる浅い帯が見つかり、兵は二人ずつ肩を貸して脱出した。
負傷は擦り傷だけだったが、一人は寒さで震えていた。サビーネは兵を叱らず、舟を出したときの水位を聞き取った。午前の静かな川と午後の川は違っていたという。皇帝は翌朝、舟の帰還時刻に幅を持たせ、遅延しただけで敵襲の合図にならぬよう連絡手順を直した。
救われた兵の一人は、舟が遅れた時刻を正確に覚えていなかった。川面で日が隠れ、鐘も聞こえなかったからだ。サビーネは嘘を疑わず、岸の番兵と照らし合わせて時間を確かめた。報告の空白を叱るより、次に同じことが起きたときの目印を決める。
失った櫂は下流の農夫が拾って届けた。受け取った兵は謝礼を申し出たが、農夫は川に木が浮いていると危ないからと笑った。レオンハルトはその話を知り、民間の渡し守へ救助協力を正式に頼める仕組みを整えさせた。川を知る人間は軍の外にもいる。




