紋章のない盾
王国の訓練場で、領主の紋章を削り取った盾が見つかった。新兵は持ち主が逃亡した証拠だと騒いだが、セイルは盾の内側に残る革紐を確かめた。紐は新しく縫い直されており、逃げるために捨てた盾には見えない。
持ち主は、滅びた村の私兵だった。領主が戦死してから王国軍へ加わり、紋章を掲げると村の生き残りが狙われると考えたという。上官は軍の識別を優先して新しい紋章を求めたが、男はそれを拒んだ。セイルは二人に、盾の表と裏を見せてもらった。
盾の縁には王国軍の所属を示す小さな釘が打たれていた。戦場では隊列の旗で味方を識別でき、すべての盾を同じ色にする必要はない。上官は検討の末、釘の位置を統一することにした。紋章を削った理由を新兵へ広めることは禁じなかったが、嘲笑は許さなかった。
男は盾を受け取り、刃物の痕が残る表面を撫でた。消したから忘れられるものではない。セイルはその仕草を見て、灰環島から戻った自分も、故郷の名を名乗ることにしばらく迷ったのを思い出した。
盾の持ち主は、故郷の村で最後に見た火事のことを話しかけてやめた。セイルも続きを促さなかった。訓練が終われば男は水桶を持ち、いつも通り仲間の鎧を洗っている。失ったものを説明しなくても、軍で働くことはできる。上官は新兵へ、盾の印を見て持ち主をからかわないよう短く伝えた。村の名は口に出されなかったが、忘れられたわけでもなかった。
翌日の訓練では、男は隣の兵の背を守る位置に立った。盾の表にどの紋章があるか、見る者はいなかった。夕方、彼は削った木粉を小さな布へ包んで持ち帰った。失った村の印を再び盾に刻むかどうかは、まだ決めていなかった。




