銀の札を持つ男
王都の冒険者ギルドでは、昼の鐘が鳴ると同時に掲示板の前が混み合う。セイルは人の流れに逆らわず、壁際に置かれた壊れた椅子を直していた。座面を支える木片を一度外し、表裏を変えて差し込む。それだけで軋みが止まった。
「仕事を選んでください、セイルさん」受付長のミレーネが苦笑した。彼女の手には、王国内で三人しか持たない最高位の銀黒色の札がある。SSS級の印だ。セイルは椅子を戻し、「椅子のほうが先に壊れそうだったので」と答えた。
王都に帰ったのは五年前だった。港に現れた痩せた青年は、十年間を過ごした灰環島について聞かれても、井戸の深さや雨の降り方ばかり話した。帰還者のいない島からどうやって船を出したのか、説明を聞いた者はいまだに理解していない。
今日の依頼は、南の森で迷った薬草採りの捜索だった。地図をひと目見たセイルは、目的地に近い街道ではなく、遠回りの石切り場へ向かった。同行の若い弓使いは不審そうにしたが、道端の湿った土に小さな靴跡を見つけて黙った。森では夜ごと低い霧が出る。薬草採りは霧を避けて石の高台を選んでいた。
無事に見つけた老女は、礼金を半分にしてくれと頼んだ。迷ったのは自分だから、と。セイルは受け取った袋から薬草代だけを残し、残りを受付へ返した。「森の道標を直す費用にしてください」
帰りに弓使いが「いつも近道を知っているんですか」と聞いた。セイルは首を傾げた。「知らない道の方が多いよ」。それでも知らない道を歩けることと、何も恐れないことは別だった。
セイルはミレーネが札をしまうのを見届けた。椅子を直しても、道標を作り直しても、褒美の札に新しい印は付かない。それで構わなかった。次に森へ向かう人が迷わず帰れるなら、その方がよかった。




