敵国の塩
帝国南部の港で、王国産の塩を積んだ商船が入港を拒まれた。戦争が始まる前の契約で運ばれた品だが、港役人は敵国からの荷として押収しようとしていた。レオンハルトは報告を読み、貨物の所有権が出港後に帝国商人へ移る契約だと知った。
「国境の向こうで採れたから敵の物とは限らぬ」と皇帝は言った。だが軍の炊事にも塩は必要であり、押収すればすぐ役立つ。リディアは商人へ対価を払って買い上げる案を示した。皇帝はそれを採り、価格は平時の契約を基準に、運送途中の危険手当を別に計上させた。
港には、王国の船乗りも働いていた。彼らを敵国人として拘束すれば、次の商船は海を避ける。レオンハルトは身元確認の後、既存の通行許可を有効とした。ただし軍港への立ち入りは認めず、商港で荷を下ろす範囲に限った。敵を攻める命令と、食べ物を運ぶ人間の扱いを同じ紙に書きたくはなかった。
クラウスは兵が商船に紛れて上陸する危険を挙げた。皇帝は巡視の人数を増やすより、荷主と船長が互いを確認できる名簿を作らせた。疑いを完全に消せないことは分かっている。それでも一隻の船を止めたせいで数十軒の塩壺が空になるなら、その代価を見積もらねばならない。
船長は入港を許されても、船員の一人が病に伏しているため出港できないと訴えた。港医は診察し、数日の休養を命じた。軍は船を動かせなかったが、皇帝は荷主に別の舟へ積み替える許可を出した。
港の市場では翌朝、塩の値が少し下がった。皇帝の勅令を知らない魚売りは、干物を作る量を増やしたという。レオンハルトは遠い市場の数字を見て、自分の署名が前線とは別の場所にも届くのを知った。船は何も征服せず、海を渡った。




