船底の小さな穴
王国の漁村に、夜明け前から舟が帰ってこないという知らせが届いた。セイルが港へ行くと、漁師たちは帝国の巡視艇に捕まったと口々に言った。だが沖は濃い霧で、目撃者はいない。岸に残された舟の道具には、小さな木栓と濡れた麻布があった。
古い漁師が木栓を手に取り、舟底の補修に使うものだと教えた。前日の荒波で舟に穴が開き、漁師が浜の反対側へ回って修理している可能性がある。セイルは捜索隊の進路を二つに分けた。一隊は海沿いの砂浜を歩き、もう一隊は高台から霧の切れ目を探す。軍の小舟を不用意に沖へ出さなかった。
午後、岩陰で舟が見つかった。二人の漁師は海水を汲み出しながら、木栓を打ち込んでいた。セイルは岩場を下り、まず舟を引く縄を結んだ。波が引く時刻を見計らえば、少人数でも舟を安全な浜へ移せる。漁師は帝国兵に会っていないと証言した。
港の男たちは噂を広めたことを恥じたが、セイルは責めなかった。戦争が始まってから、行方不明の理由に敵国を思い浮かべる人は増えた。彼は港の掲示板に、捜索時は最後の目撃場所と舟の状態を先に集めるよう書き足した。見えない海に勝手な敵影を増やさぬために。
修理を終えた舟は港へ曳かれ、船大工が底板を外した。穴の周囲は以前から虫に食われており、波がきっかけで割れたらしい。漁師は出航前に点検したと反論したが、船大工は責めなかった。
戻った漁師たちは、濡れた網を広げて干した。漁獲はほとんどなかった。港の女が温かい汁を渡すと、一人は舟より先に腹が減ったと笑った。セイルは濡れた木栓を机へ置き、修理に使える乾いた木片を職人へ頼んだ。次に霧が出ても、舟底まで疑いが広がらないように。




