空欄の戦功表
帝都の執務室に、砂州守備隊の戦功表が届いた。レオンハルトは兵の名前を追っていたが、一列だけ空欄になっているのを見つけた。所属と任務は書かれているのに、名前がない。記録官は戦死者だと説明したが、その隊で死亡した兵はいないはずだった。
詳しく調べると、戦功を申請した兵は字を書けず、隊長が名を聞き取れないまま書類を出していた。名前が抜けたのは戦死ではなく、手続きの失敗だった。皇帝は本人を呼びつけず、現地の下士官に確認させた。兵は故郷では別の発音で呼ばれ、徴募名簿とも綴りが違っていた。
クラウスは名簿の表記を統一する規則を提案した。レオンハルトは賛成したが、故郷の呼び名を消さぬよう二つの欄を設けさせた。家へ送る手紙に間違った名を書けば、無事の知らせすら届かない。兵数を揃える帳簿と、人を探す帳簿は同じではない。
兵が褒章を得た理由は、砂州で壊れた舟の綱を結び直したことだった。矢の届く岸に残り、他の兵を戻したという。皇帝は銀貨の額を変えず、任務を正確に記した証書を送り直した。英雄として知られることより、本人にきちんと帰属することを重く見た。
兵の故郷では母親が息子の名を二通りの綴りで書いていた。役人の前では帝都風、家族の間では地元の音を残した書き方だ。皇帝はどちらか一方を誤りとして消さないよう求めた。軍の名簿は命令を届けるためにあり、家族から届く便りを拒む門ではない。
数日後、兵の母から短い返書が来た。家では昔からその綴りを使っている、と丁寧な字で書かれていた。レオンハルトは返書を軍務院の書記へ回し、訂正の根拠として保存させた。戦いのあとまで名前を残すのは、国が引き受けるべき小さくない仕事だった。




