森を焼かない命令
王国の前線で、斥候が帝国の隠れ場所になりそうな林を焼く案を持ち込んだ。雨のあとで木は濡れているが、下草が乾けば火は回る。セイルは地図を眺め、林の外側にある養蜂箱を見つけた。蜂の巣は近くの村の大事な収入源だった。
部隊長は蜂より兵の安全が大切だと言った。セイルも否定しなかった。ただ、火で視界を開けば煙で味方の見張りも効かなくなり、逃げる獣が人を傷つけることもある。彼は林の縁の低木だけを刈り、見張りの角度を変える方法を示した。大きな仕事ではあったが、燃やしてから戻すことはできない。
林へ入る作業兵に、養蜂家が厚手の布を貸した。枝を切る音で蜂が荒れるのを恐れたためだ。兵の一人は蜂に刺され、作業を休んだ。軍医は笑い話にしなかった。敵の矢でなくても手が腫れれば、翌日の任務に影響する。
その夕方、林の反対側で帝国の見張りが一人確認された。セイルは追わせず、位置と帰路を記録した。林が相手の通路になる可能性は消えていない。しかし火を放つ前の情報と、林を残した後の情報は違う。村人たちは養蜂箱を少し奥へ移し、兵は見張り台の高さを下げた。
林の端で切った枝は焼かずに束ね、村の冬用の燃料へ回された。養蜂家は蜂の通り道に薪を積まぬよう注意した。兵は黙って置き直し、幹に残した目印を翌週も確認した。刈った下草はもう伸び始めている。視界を守るには一度の大工事より、定期的に手を入れる仕事が必要になるとセイルは悟った。
夜、養蜂家が蜜の小瓶を持ってきた。セイルは受け取らず、作業した兵へ分けてほしいと言った。蜂も兵も同じ森で一日を終えた。明日はまた敵が来るかもしれない。その可能性を理由に今日の森を失わせずに済んだことだけは、確かだった。




