手当を受ける兵
帝国の前線から、敵と遭遇しなかった斥候にも戦闘手当を出してほしいという申請が届いた。レオンハルトは最初、規則を読んで首を傾げた。手当は交戦した部隊へ支給するものと定められている。だが申請には、敵の見張りを発見しながら迂回し、部隊全員を無傷で帰したという詳しい報告が添えられていた。
クラウスは規定を変えれば偽の報告が増えると警戒した。皇帝はその懸念を認め、交戦の有無ではなく命令を果たしたかどうかで評価する試行を提案した。最初から全軍へ広げず、山岳の偵察隊だけで始める。隊長には判断の根拠を書かせるが、敵に会うため無駄な危険を冒す者を褒めない。
対象となった斥候は、帰路に靴底が剥がれた部下を背負っていた。戦功として報告されたのは敵兵の姿を見た時刻だけで、帰還の苦労は記録されていない。軍務官がそれを知り、装備の状態も報告に加えた。皇帝は手当と靴の支給を別々に決裁した。
兵たちの間には、戦わずに金をもらうのかという不満もあった。レオンハルトは前線の指揮官へ説明を委ね、自分の名を飾りに使わせなかった。結果を見れば、余計な交戦を避けた隊ほど道の情報を多く持ち帰っている。軍の仕事は敵を倒すことだけではない。
新しい手当の試行では、斥候が危険を報告する書式も変わった。「敵を見なかった」とだけ書かれた報告では、避けた理由が残らない。ある兵は雪崩の跡を見て引き返したと記し、別の兵は村の祭礼で道が塞がっていたと説明した。
試行の第一便では、申請が予想より少なかった。兵は規則が本当に変わったと信じていなかったのだ。皇帝は不支給を選んだ隊の理由も調べさせた。勇気を示す機会を戦闘だけに限ってきた年月は、紙一枚で終わらなかった。




