関所の退路
山の関所に帝国兵が近づいたとき、王国の小隊長は旗を持ったまま戦う覚悟を決めていた。セイルが到着すると、兵は石門の影に整列している。敵はまだ尾根の向こうで、数は分からない。だが足音は少数ではなかった。
セイルは関所の前ではなく、裏手の階段を登って地形を見た。道は急だが、岩棚の途中に小さな抜け口がある。大勢を一度に通すことはできない。王国軍がここへ留まれば、背後を回った敵に挟まれる可能性がある。
「旗を降ろせません」と小隊長が言った。セイルはすぐに答えず、旗を支える鉄具を調べた。固定具が錆びており、引けば布を傷つけずに外せる。彼は兵とともに旗を畳み、最後尾の伝令へ預けた。「持って帰る場所があるなら、守ったことになります」
最後尾の槍兵は退く途中で靴を片方失い、隣の兵が肩を貸した。セイルはその動きを見て、隊の速度を下げるよう伝えた。歩けない者を抱える余裕のない軍なら、関所を守っても長くは続かない。伝令の袋に入れた旗が少し揺れたが、誰も拾い直す時間を惜しまなかった。
帝国の先遣兵が現れたとき、王国軍は岩棚へ後退していた。弓が数本飛び、石門に刺さった。こちらも応射したが、追いかける者はいない。セイルは逃げる兵の歩幅を揃え、遅れた年配の槍兵に肩を貸した。最適な撤退路も、人の歩く速さより先には進めない。
昼過ぎ、関所は帝国軍の手に渡った。王国兵は二人が軽傷を負っただけで退き、山腹の陣へ帰った。ダリオは報告を受けて黙って地図を見た。旗は無事だったが、石門に王国の見張りはもういない。守れなかったものも、確かにそこに残っていた。




