濡れた軍旗
小雨が三日続き、王国軍の旗は重く垂れ下がっていた。国境砦に入ったセイルは、旗の色よりも雨樋の詰まりを見た。屋根から溢れた水が兵舎の床へ流れ、寝藁を湿らせていた。翌朝には咳をする兵が増えていた。
将軍ダリオは砦の見張り台を増やそうとしていた。セイルは「それより屋根を」と言いかけ、いったん口を閉じた。敵の斥候に備える必要も本物だ。そこで雨樋を直す兵と、見張り台を増やす兵を別に募り、木工に慣れた兵を前者へ回す案を出した。
工兵長は手の空いた者なら誰でも直せると考えていたが、雨樋には細かな勾配がいる。大工だった兵が二人加わると、半日で水が落ち始めた。濡れた寝藁は近隣の農家から交換用を買い、古いものは堆肥として引き取ってもらった。
砦の下では、雨で膨れた小川が橋板を叩いていた。弓隊長は矢を湿らせぬよう、革筒を取り寄せたが数が足りない。セイルは油を塗った布で矢羽を覆わせ、余った布を夜哨の外套に回した。雨の中で火を起こすのは難しいが、濡れない布はそれだけで価値がある。
夕刻、見張り台が一本完成した。高くなった位置からは帝国軍の野営地が遠く見えた。焚き火の数は減っていない。敵も同じ雨を受けている。
ダリオは乾いた兵舎を歩き、セイルに短く言った。「お前の言う通り、屋根は必要だった」
「見張り台もです」
雨樋を直した大工兵は、父から教わった勾配の測り方を若い兵に伝えた。糸と小石で十分だった。セイルはそのやりとりを聞き、特別なスキルを持たぬ手にも、長い年月で蓄えられた技があると思った。
二人はそこまでしか話さなかった。旗が雨を含む重みは変わらず、兵たちは翌日の見張りに備えて靴を乾かした。




