鳴らさなかった太鼓
帝国の砂州に置かれた陣から、進軍の太鼓を鳴らしてよいかという問いが届いた。兵が士気を保つために求めたのだが、レオンハルトは太鼓の音が王国軍へ合図になることを考えた。音のない軍は不安を呼び、音のある軍は位置を教える。
クラウスは正面から力を示すべきだと言った。サビーネは静かに作業したいと望んだ。皇帝は太鼓を禁じず、警報と儀礼の音を分けるよう指示した。危険を知らせる合図だけは誰にも聞き間違えさせたくない。儀礼の太鼓は、後方の安全な場所で夕刻に打つこととした。
しかし雨の夜、砂州で予定外の太鼓が鳴った。警報と勘違いした兵が武器を持って集まり、狭い陣地が混乱した。調べると、濡れた皮を乾かそうとした兵が、太鼓を叩いて張りを確かめていただけだった。
太鼓の皮を張った職人は、湿気による緩みを防ぐ方法を教えた。兵が勝手に火へ近づけて乾かすと、皮が裂けることもある。レオンハルトは儀礼の太鼓を単に禁じるより、保管と点検の責任者を決めるよう命じた。警報に使う道具なら、楽器として扱う知識も必要だった。 兵営では警報用の太鼓を赤い革紐で区別した。暗い夜に誰が見ても分かるよう、置き場所も入口から離した。儀礼の音が静まれば、歩哨の耳は川の水音へ戻った。
皇帝は兵を過度に責めず、太鼓の保管場所を変えさせた。命令を短くしても、道具の使い方が共有されなければ誤りは起こる。サビーネは叩いた兵を呼び、警報が必要な夜に余計な音を出さぬ理由を伝えた。
翌朝、砂州は静かだった。王国の射手が対岸にいることも、帝国の歩兵が濡れた靴を乾かしていることも変わらない。レオンハルトは戦報を読み、太鼓一つの扱いにも軍の熟練が表れると知った。




