獲らなかった丘
レオンハルトは砂州の確保を聞いても、丘への一斉攻撃を命じなかった。川の向こうには王国軍の射手が位置を変え、物資を届ける水路を狙っている。砂州に増援を送り続ければ、兵が密集したところを火術で焼かれる恐れがあった。
クラウスは敵の弱気を突くべきだと叫んだ。皇帝は地図にある丘の名を指した。「奪って何を守る」丘の背後には低い平地が広がり、そこへ軍を進めればさらに補給が必要になる。勝利は高台へ旗を立てることだけではない。旗を守れる日数も数えなければならない。
サビーネからは、砂州へ渡った歩兵の靴が水を吸い、足を痛める者が出ているとの報告が来た。皇帝は乾いた靴下と革油を優先して運ばせた。剣と盾が揃っていても、兵が歩けなければ戦列は動かない。
砂州に送る靴下を整えた仕立屋は、濡れても絞りやすい布地を勧めた。軍が求めたのは最も厚い布だったが、水を吸えば重くなる。皇帝は仕立屋へ少量の試作品を依頼した。兵は届いた二種類を履き比べ、どちらが歩きやすいかを記録した。進軍の速さは一つの布選びにも左右された。 川下の村からは、舟の出入りで漁ができなくなったと知らせが来ていた。レオンハルトはその損失も占領費に加えさせた。
その夜、リディアが戦費の見通しを示した。舟を追加すれば春の港湾整備を遅らせるしかない。レオンハルトは砂州の維持に必要な最小限の舟だけを残し、新造分を止めた。前進の勢いを守るために、あえて軍需を削る判断だった。
灯りを落とした書斎で、彼は丘の裏手にある村名を読んだ。砂州を得れば丘も得られる、そう思った者がいるだろう。しかし地図にはその先も道が続く。戦を終える場所は、まだ見えていなかった。




