逆さに刺した標識
峠の入口へ向かう山道に、道標が逆さに打たれていた。王国軍の兵は帝国の偽装を疑ったが、セイルは標識の裏に小さく彫られた山小屋の名を見つけた。十年以上前からある道標で、冬の雪に埋もれぬよう地元の者が抜いて高く打ち直していたものらしい。
それでも新しい矢印は軍にとって危険だった。雨のあとには二つの道が似て見え、間違えれば滑落する。セイルは地元の木樵を呼び、季節ごとの道の違いを尋ねた。春の道は冬の道より低い。雪が溶ければ、冬の尾根道に沿って進む者は流れの速い沢へ出てしまう。
夕刻、軍の輸送隊が峠へ差しかかり、指示を待って止まった。荷は矢羽と予備の弦で、急ぐ必要はあるが腐る品ではない。隊長は夜間の強行を求めたが、セイルは明朝の光で通すよう勧めた。山道では見えない一歩を勢いで補うことはできない。
山の木樵は軍の兵へ、春の土は表面が乾いても下で滑ることがあると教えた。試しに棒を突くと、硬く見えた道がわずかに沈んだ。セイルは車輪の幅を測らせ、荷車の重量ごとに通る順を変えた。誰かが先に安全に通ったからといって、次の重い車まで安全とは限らない。 運搬隊の隊長は、日暮れ前に引き返せる時刻も記録した。行ける道を見つける仕事には、戻る道を残す仕事が伴う。
木樵は道標を元の向きへ戻したいと言った。セイルは軍用の新しい標識を別に立て、古い矢印を残す案を出した。登山道の印を軍の都合だけで消せば、狩りへ行く村人が迷う。二種類の札は形を変え、夜でも触って区別できるようにした。
輸送隊は翌朝無事に峠を越えた。帝国の斥候が近づく可能性は消えていない。だがセイルは、敵より先に自分たちの標識で足を折ることだけは避けたかった。




