水門に触れた夜
雪解けが始まった川沿いで、王国の水門番が軍へ駆け込んできた。夜のうちに堰の板が一枚外れ、谷の低地へ水が入るという。帝国の工作かと兵が騒ぐなか、セイルは灯りを持って現場へ向かった。
水門の取っ手には新しい傷があった。誰かが無理に動かしたのは確かだが、板そのものは腐っていた。上流では帝国軍が渡河のため仮設の足場を作っている。水量を変えようとした可能性はある。しかし原因を決めるより、下流の家を水から遠ざける方が先だった。
セイルは水門番へ開閉の仕組みを聞き、工兵に二本の支柱を用意させた。水圧がかかる方向へ身を置かず、流れを別の溝へ分ける。最善の順序が身体に浮かぶが、重い板を一人で持ち上げる力はない。工兵たちの掛け声に合わせて梃子を動かすと、板がようやく座り直した。
避難した家の戸には、雨を防ぐための布が詰め込まれた。水門番は洪水の原因を疑われるのではと怯えていたが、セイルは作業を止めて彼の話を聞いた。腐食の報告は前月に出していたという。役所へ問い合わせると、修繕材が軍の柵へ回されていた。責めるべき個人を探すより、修繕を待った理由が紙に残っているか調べる必要があった。
谷へ下りた兵は家を回り、眠る子供を起こした。避難の荷が揃わず、畑の馬を連れ出そうとする者もいた。セイルは馬を捨てろとは言わず、橋が通れるうちに先に人を運ぶよう頼んだ。残した馬には、村の年長者が縄を解いて高い草地へ誘導した。
明け方、低地は濡れたが家屋の流失は免れた。水門の板にはまだ補修が必要で、取っ手の傷も誰が付けたか分からない。セイルは工作の疑いを消さず、同時に腐食した木材の交換を進言した。敵がいなくても壊れるものを、敵のせいにして直さずにはいられなかった。




