地図にない階段
避難民の一団が丘へ戻ろうとして、軍の封鎖線に足止めされた。先祖の墓へ続く石段を修復したいという。セイルは場所を聞き、軍用地図を開いたが、石段の印はなかった。古い街道から離れた森に、山肌へ刻んだ百段ほどの階段が残っているらしい。
墓はすでに国境の射程へ入っている。許可すれば民間人が戦場へ近づく。拒めば冬の倒木が階段を塞ぎ、春の土砂が墓所を埋める。セイルは村人を連れて行かず、工兵二人と斥候に同行して道を見た。倒木はあったが、危険なのはその下の石の緩みだった。
年長の石工が段を一つ踏むたび、足音を聞いた。石工は森の中で村にいた頃よりよく話した。自分の祖母が子供の頃に作られた段だという。セイルは上り方を無意識に選び、緩んだ石を避けた。しかし石工は別の段へ手を伸ばした。「そこはまだ持つ。危ないのはこっちだ」重さを受ける場所を長年知る者の判断だった。
石工は帰り道、石段の上から見える村の煙について語った。家々の屋根がすでに避難で空いていても、遠くの炭窯だけは煙を上げることがあるという。セイルにはその違いが分からなかった。彼は石工へ尋ね、煙の位置を確かめた。軍の地図に人がいないと書かれても、村で働く人間が一人もいないとは限らない。
工兵が崩れやすい段だけを補修し、墓所は軍の監視範囲に留めた。村人が自由に往復できるわけではない。帰ったセイルがその事実を伝えると、年老いた女性は黙って頷き、墓に供える予定だった布を畳んだ。
彼女は礼を言わなかった。セイルも求めなかった。石段を保つことと、家族の墓へ行けることは違う。両方を望む人がいる限り、修復の報告書を一枚で終わらせる気にはなれなかった。




