偵察の羽音
帝国軍の斥候が戻ったのは、夜明けより少し前だった。クラウスは泥の付いた外套を脱がせもせず、急ぎ報告させた。王国軍は古砦から兵を動かしている。旗の数は減っていないが、夜の炊煙が幾筋にも分かれていた。主力が退いたのか、罠を張っているのか判然としない。
皇帝レオンハルトは斥候を休ませ、別に水夫を呼ぶよう命じた。川沿いの小舟で暮らす者なら、岸の灯りの変化を知っている。連れてこられた老人は、王国側の農家で雨水槽を改める音を聞いたという。帝国の斥候はただ兵の数を見ていたが、対岸では生活の器が動いていた。
「井戸が減ったのでは」とリディアが言った。皇帝は頷く。「古砦の井戸が弱いなら、守備を分けざるを得ない。敵はそこに気づいたのだろう」
その推測は王国軍の弱点を示すと同時に、思いがけない慎重さを示していた。水のことを考える軍は、派手な突撃を簡単には選ばない。兵站を知る将軍か、現地をよく歩いた者がいる。
皇帝は夜襲を許さなかった。各所に分かれた守備兵の位置がまだ掴めず、川の向こうは湿地である。斥候隊には人家へ近づかないよう告げ、代わりに渡し場の石段と流木の溜まりを調べさせた。
早朝の斥候は、村人からもらった乾いた果実を一つ懐に残していた。皇帝に報告を終えたあと、それを同僚と分け合ったという。レオンハルトは兵糧表の外にある小さな親切を、帳簿の数字だけで測れないと知っていた。
最初の報告を持った若者が再び出ていくとき、皇帝は外套を新しいものに替えさせた。濡れた布では足音が重くなる。王国の対岸で、羽のように軽い偵察の仕事が始まった。そこに戦の大きな旗はまだ立っていなかった。




