水差しの位置
前線の仮設本営で、セイルは軍議に参加した。机の中央には国境の地図、その周囲には階級順に将校が座る。水差しは窓際に一つだけ置かれていた。議論が長引くたび、末席の伝令が立ち上がり、上席の杯を満たしに行く。そのたび報告が一瞬止まった。
セイルは水差しを二つに増やし、伝令の机の近くにも置いてもらった。些細な変更だったが、連絡が途切れなくなった。将軍ダリオは苦い顔をしたものの、反対はしなかった。
本題は防衛線だった。軍の多くは石造りの古砦へ兵を集中させたがっている。セイルは砦の井戸の深さを尋ねた。答えられる者はおらず、現地の兵に確認させると、水位が昨年より下がっていた。長い籠城には足りない。
「砦を捨てろと言うのか」ダリオが尋ねた。
「今すぐではありません。ですが井戸を増やせないなら、そこへ兵を集めるほど飲み水が減ります」
地形を見たセイルは、砦の後方に点在する農家の雨水槽を思い出した。水はそこへ分散して蓄えられている。兵も分散させ、伝令の道だけを確保する案を示した。防衛線は長くなるが、一か所が破れても全軍が渇くことはない。
軍議のあと、ダリオは無言でセイルを廊下へ呼んだ。「お前は兵の命を背負っていない。だから簡単に言えるのだ」
「そうかもしれません」とセイルは答えた。「だから将軍に決めていただきたい。私は見落としそうな水の話をします」
軍議に参加した測量官は、まだ訂正されていない井戸の印を自分から指摘した。ダリオは珍しく礼を言った。誰かの誤りをあげつらうより、訂正が間に合う場所を増やす方が早かった。
その夜、砦へ送るはずだった水樽の一部が、後方の農家に運ばれた。地図の赤い線は変わらない。それでも防衛の形は少しだけ変わった。




