第一報の余白
帝都へ届いた最初の戦況報告は、予想より薄かった。浅瀬に渡河設備を築きつつある。敵の斥候との小競り合いが二件。死者三人、負傷者十一人。皇帝レオンハルトは数字を読み、戦果の欄ではなく負傷者の搬送時間に線を引いた。河岸から野戦病院まで、想定より二刻長くかかっていた。
クラウスは敵の抵抗が弱いと評した。皇帝は同意しなかった。王国軍は砦を固め、村から民を退かせている。こちらの進路を知らないふりをして、渡河後の補給だけを難しくしているようにも見えた。
「将軍。敵が我々を撃たぬからといって、見ていないとは限らない」
皇帝は別の報告を読み比べた。王国の水車小屋では粉が挽かれ、国境から遠い市場へ運ばれていた。砦を守るより食糧を守る決断があるのだろう。だからこそ、王国の軍議には民生を知る者が加わったのかもしれない。
リディアは、王都のSSS級冒険者が国王の招きを受けたという噂を伝えた。名はセイル。皇帝はすぐには反応しなかった。冒険者の強さは、軍を率いる技量と同じではない。だが十年間の生存記録がない島から帰った男だという一文で、指を止めた。
「出身ではなく、これまで引き受けた依頼を調べよ。失敗した依頼もだ」
戦況の余白には、伝令が休憩した宿場の名も残されていた。皇帝はその宿場へ水の備蓄を増やす命令を出した。一本の情報が途切れず届いた背景には、名もない宿の主人が馬に水を与えた時間がある。
報告官が去ったあと、レオンハルトは戦況図の余白に、空白の小さな四角を描いた。知らない要素を、知らないまま置くためだった。皇帝に必要なのは、すべてを理解したふりをすることではない。理解できぬものに備えるだけの余地を残すことだ。




