橋のない場所
セイルが川岸へ下りたとき、渡し場の舟は岸に引き上げられていた。規定の日ではないため、民間の荷の輸送はない。それでも対岸の帝国兵が一人、石の上に座り込んでいた。手元には細長い包みがあり、王国側へ何か渡したがっているらしい。
王国の歩哨は罠だと考えた。セイルも近づかなかったが、対岸から聞こえる断片的な声に耳を澄ませた。包みは亡くなった王国の船頭が残した櫂だという。先の増水で帝国兵に拾われ、持ち主の娘がこちら側にいるらしかった。
協定に書かれた荷ではない。兵が勝手に受け取れば密輸になり、受け取らなければ櫂は湿った岸で腐る。セイルはミレーネへ伝令を出し、ギルドに保管物の返還を扱う窓口があるか尋ねた。彼女は即日戻り、遺品の照合はできても敵軍との直接交換は認められないと伝えた。
櫂を渡す手続きのあいだ、河岸には幼い子供が集まっていた。皆、敵国の兵がどうして木の棒を持って待っているのか知りたがった。セイルは簡単な説明をしたが、誰かが投げた石が対岸へ届きそうになったときは、その手をそっと止めた。一つの遺品の引き渡しが、別の争いに変わるのを見たくなかった。
川沿いの船大工が櫂の特徴を覚えていた。根元に二本の刻み目があり、傷んだ木を革で巻いて使っていたという。セイルはその印を帝国側へ掲げ、次の協定便に載せてほしいと伝えた。返事は大きく掲げられた片腕だけだった。
数日後、櫂は正式な記録とともに渡った。持ち主の娘は受け取ると、形を確かめるため川へ浮かべたいと言い出した。セイルは流れの速さを見て、浅い入り江を教えた。木片は水に浮いたが、彼女はすぐ引き上げた。まだ父親の手の脂が残っている気がすると、誰にも聞こえぬ声で言った。




