冠のない命令
レオンハルトが署名を求められた紙には、皇帝の名で各領主の荷馬を無償徴発すると書かれていた。戦時の勅令に基づくものだが、彼はまだその命令を下していない。文書は北方の州から発せられ、末尾には「皇帝の意向を推察し」と添えられている。
リディアは州総督を罷免するよう進言した。クラウスは荷馬が前線に必要である以上、実務上の利益はあったと擁護した。レオンハルトは二人に、徴発された馬が現在どこにいるか調べさせた。三十頭は軍に渡り、十頭は途中で倒れ、残りは州の厩舎にいた。誰も餌代を負担していなかった。
「命令を待てなかったと弁明するだろうな」皇帝が言うと、リディアは「陛下の名を先に使うことと、急ぐことは別です」と返した。総督には職務停止を命じ、馬を返せない家には補償金を支払わせた。軍が使う三十頭については、正当な賃借契約を結び直す。
村の馬車屋が出した領収書には、失われた馬の名前が書かれていた。軍の帳簿には馬を頭数で数える欄しかない。書記は困り、皇帝へ相談した。レオンハルトは領収書の原文を添付させた。軍が支払うのは値段でも、村の家族が惜しんでいるのは長くともに働いた一頭である。名を書き残すことまで禁じる必要はなかった。
だが村の小さな馬車屋は金を受け取っても仕事ができなかった。家族が乗り慣れた馬を失い、代わりの馬は手綱を嫌がったという。レオンハルトは帳簿に返済済みと書かれた項目の横へ、営業再開の見込みを追記させた。
夕刻、総督が送った弁明書が届いた。そこには王国が先に攻めてくる恐れがあったと記されていた。皇帝はその恐れを否定しなかった。しかし恐れに冠を被せてよいとは誰にも許していない。




