皇帝の署名が届くまで
渡し場の協定が動き始めると、帝国の役所には新たな申請が押し寄せた。船を出したい者、帰郷したい者、墓参りに行きたい者。すべてを一度には許可できず、レオンハルトの執務室にも例外を求める書状が積まれた。
リディアは申請を分類し、医療と食料を優先する案を示した。皇帝は同意したが、墓参りの申請を不要と断じることはしなかった。家族を失った者にとって、その場所へ行くことは暮らしを続けるために必要かもしれない。許可できない理由を明らかにし、次の便の可能性を知らせるよう命じた。
前線から、協定の荷車が遅れて到着したとの報告が来た。原因は王国側の道路の凍結で、帝国軍の責任ではない。だが受け取りを拒めば、次回から双方の商人が荷を出さなくなる。レオンハルトは予定の時刻を越えた荷も検査し、通すよう認めた。
クラウスは協定を敵の弱点として使うべきだと主張した。皇帝は軍事情報を無視するつもりはない。それでも、合意に乗じて民間の荷を止めれば、次に捕虜を交換するとき誰も自分たちを信用しないだろう。
リディアは墓参りの申請書を別箱に入れた。通過できる日が決まらないまま積み上がる紙を、皇帝は毎週見せるよう命じた。許可しなかった件数も仕事の結果である。数字が増えるなら、渡し場をもう一度見直す理由になる。 紙の厚みは、まだ川を渡れない人の数だった。皇帝は空の箱を一つ用意させ、許可できた書類をそこへ移すことにした。
夜、署名を終えた皇帝は筆を置いた。新しい土地を得るための戦争を始めたのに、今夜は人が元の家へ近づくための紙を作っている。その矛盾を消す言葉は見つからなかった。




