結び目の向こう
王国軍の丘へ、帝国が昨夜の渡河を見送ったという知らせが届いた。セイルは川の音を聞き、上流で氷が割れたと知った。軍の斥候は橋板が損傷したと報告している。今なら反撃して橋頭堡を奪えると、若い将校たちが息巻いた。
ダリオはセイルへ意見を求めた。セイルは地図に目を落とし、王国軍の予備兵力と補給の状態を確かめた。氷で橋が弱っていても、帝国軍は対岸に残っている。反撃に成功しても、撤退路が凍ればこちらも閉じ込められる。彼は好機に見えるものが、敵味方に同じ危険を与えていると説明した。
将校は「消極的すぎる」と言った。セイルは反論せず、工兵へ氷の厚さを測らせるよう勧めた。最善は、戦うことでも待つことでもなく、知らない条件を減らすことだった。
午後、セイルは丘の下で縄を編む老人を見かけた。荷車の綱が古くなり、避難民が交換を求めていた。老人は結び目を一つずつ確かめ、強いところと弱いところを教えた。セイルはその説明を聞きながら、軍の撤退路にも同じような継ぎ目があると思った。
老人は綱を結ぶとき、濡れた麻は乾けば縮むと教えた。セイルは軍の補給綱を思い浮かべ、工兵へ確かめるよう頼んだ。引く力を計算しても、材料が変われば結び目の強さは変わる。老人は自分の知識が軍で役立つと聞いて驚いたが、教えることを惜しまなかった。
夜、反撃は命じられなかった。帝国軍も大きく動かなかった。川には細かな氷が流れ、両岸の兵が互いの灯りを見ていた。戦わなかったことを勝利と呼ぶ者はいない。それでも明朝に生きて報告できる人が、少しだけ多く残った。




