渡らなかった夜
クラウスが冬の限定攻勢を再び求めた。帝国軍は橋頭堡を維持し、王国の丘に大きな動きがない。準備した兵力を使わずにいれば、士気が下がるという。レオンハルトは夜の気温と川の水位を確認した。工兵からは、氷が夜半に鳴り続けているとの報告が来ていた。
「音がするだけでは危険とは限りません」と将軍は言った。「危険かどうか分からぬまま兵を渡す理由にもならぬ」皇帝は答えた。攻めるための条件が揃わないなら、攻めない。自分で定めた基準を、苛立ちで変えてはならない。
その夜、帝国兵は橋の手前で待機した。槍を持ったまま夜を越す者も、仮眠の許された者もいた。夜半、川の上流で大きな音が響いた。氷の塊が流れ下り、橋板の一部を叩き割った。攻勢を命じていれば、川の上にいた兵が巻き込まれただろう。
クラウスは皇帝へ結果を報告し、命令に従ったことへの安堵を見せた。レオンハルトは勝ち誇らなかった。自分の慎重さが偶然救いになっただけかもしれない。危険な夜を避けても、別の日の危険までは消えない。
橋が壊れた知らせを受けた兵の一部は、夜を越えられたことを喜んだ。一方で家族への手紙をいつ出せるか心配する者もいた。レオンハルトは後方へ小舟を回し、郵便だけは川の別の場所から運ぶよう手配した。軍の進行を止めても、家族へ向かう言葉まで止める必要はなかった。
翌朝、工兵は壊れた橋を修理し始めた。皇帝は作業の中止を命じず、余った兵を橋材の輸送へ回した。戦争は進まなくても、人が働く時間だけが過ぎていく。渡らなかった夜の意味は、命が失われなかったことだけにあった。




