火を消した魔術師
王国軍の炎術部隊が、敵の偵察隊へ火球を放とうとした。セイルは偶然近くを通り、隊長の肩が上がるのを見て足を止めた。雪の下には乾いた藁が積まれ、遠くに家畜小屋がある。火球は敵へ届くかもしれないが、跳ねた火が小屋へ移れば守るべき家畜を失う。
「撃つな」と言える立場ではない。セイルは隊長のもとへ走り、家畜小屋を指した。隊長は一瞬迷い、術式の発動を止めた。魔力が逆流する危険を知っていたため、完全に止まるまで時間がかかった。射手は膝をつき、しばらく息を整えた。
敵の斥候はその間に離れた。兵の一人が機会を逃したと責めたが、隊長は答えなかった。彼女は小屋の方角を見て、火球が逸れた場合にどこまで燃えるか計算していた。
セイルはその計算を手伝えない。魔術師でない自分には術式の性質を全部理解できない。ただ、風の向きと燃えやすい物の位置は分かる。二人は次に敵を見つけたとき使う信号を決め、弓兵と連携する案をダリオへ提出した。
火を止めた術者は、翌日の訓練で自分の魔力の流れを細かく説明した。途中で止めれば身体に痛みが残ることを、隊の若者は初めて知った。セイルは隊長の説明へ口を挟まなかった。術式については、自分より経験のある人間がいる。その経験を尊重する方が、次の判断を安全にする。 翌朝、隊長は若い術者に、発動を途中で止める演習を必ず監督下で行うよう命じた。危険を知るにも順序がある。
夜、術を止めた魔術師の手には小さな火傷が残った。彼女は「撃たない方が難しいこともある」と呟いた。セイルは傷に包帯を巻く手伝いをした。最善と思った行動にも、身体が支払う代価があった。




