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それから二ヶ月が経った。
俺たちのアジトは廃村から移転し、今では古代ダンジョンの地下十階に構えていた。ルシアいわく「強者は上層を使うから、下層は意外と安全」とのことで、確かに地下十階は静かだった。問題は、ここに辿り着けるのがそれなりの強者だという点だが。
俺は順調に接触を進めていた。ルシアの紹介で、弱い立場の候補者や、情報交換を望む中立的な候補者と次々と接触し、魔力の片鱗に触れた。現在の接触数は六十三名。残り三十七名で、魔王の眼が解放される。
そしてその日、地下十階に新たな来訪者があった。
俺の感知システム――スライムの粘液で床に張り巡らせた振動センサーが反応した。重い、規則正しい足音。ひとり。しかし、その足音が持つ重圧は、今まで感じたことのないレベルだった。
「ルシア。来た。ひとり、だが……桁違いだ」
ルシアは静かに立ち上がり、入り口に向かった。アラクネが本を閉じ、ゴブレンが鍋を降ろした。フォレが木の根から身を起こした。
来訪者は、ドアを丁寧にノックしてから入ってきた。
それは、少年の姿をした存在だった。年齢で言えば十四、五歳ほど。しかし、その背中に生えた漆黒の六枚羽が、彼が堕天使族の者であることを示していた。
「こんにちは。ルシア・ヴァルハルト候補と、その仲間の方々に会いに来ました。私はゼノス・ファルン、堕天使族の魔王候補です。……単刀直入に言います。今代の魔王候補順位において、私は三位に位置しています」
場が凍った。三位。数百名の候補者の中で三番目に強い魔王候補が、なぜこんな場所に。
「……目的は」
ルシアが警戒を崩さずに聞いた。
「あなた方に協力したい。……いえ、正確には、あの方の指示で来ました」
ゼノスの目が、俺に向いた。スライム、ヴォルクに。
「今代の魔王候補の中で、最も警戒すべき存在として名前が上がっているのをご存知ですか、ヴォルク候補。それは……あなたです」
……俺が?最弱のスライムが?
「大魔王派の首領が言っているそうです。『順位など関係ない。情報を制する者が魔王を制する。あのスライムを最優先で始末しろ』と」
沈黙が落ちた。
……バレてる。魔王の眼の存在を、どこかで嗅ぎつけられた。
俺はゆっくりと、ステータス画面を開いた。魔力は今や五十七に達していた。接触数は六十三。あと三十七名。時間がない。
「……ゼノス。あなたも魔王候補だ。なぜ俺たちを助ける?」
堕天使の少年は、初めて表情を崩して、困ったように笑った。
「私は……強さだけで魔王が決まる世界が、嫌いなんです。魔王の眼を持った者が魔王になれば、少なくとも世界を見渡す知恵を持った魔王が生まれる。それは……悪いことじゃないと思って」
俺はしばらくゼノスを見た。スライムの核でじっと見つめた。嘘はない、と思った。少なくとも今この瞬間は。
「……分かった。ただし、あなたにも同じ条件だ。情報は共有する」
ゼノスは真剣な顔で頷いた。
「承知しました。……それにしても、最弱の魔物が、数百の候補者の中で最も警戒される存在になるとは。あなたは面白い候補者ですね、ヴォルク候補」
面白くなんかない。ただ生き延びたいだけだ。
しかし俺は、その言葉を声に出さなかった。
地下十階の古びたアジトで、スライムと竜人と蜘蛛と小鬼と樹妖精と堕天使が、机を囲んで地図を広げた。六種族の魔王候補が、最弱のスライムを中心に集まっている。
……魔王候補って、こういうものなのか。
俺には分からなかった。ただ、確かなことが一つある。
この透明でぷるぷるした身体で、俺はエクシリアを、変えていけるかもしれない。
魔王の眼が解放される日まで、あと三十七名。
俺たちの隠れた戦いは、まだ始まったばかりだ。




