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少女たち  作者: 永遠栄作
10/27

爆音が、空を切り裂くように響いていた。

その音に導かれるように、景色は一変する。


座敷の気配は消え、そこには――広々とした草地と、どこまでも続く夏の空が広がっていた。

幸子は、またしてもその場に立っている。

誰の目にも映らぬまま、ただ“そこにいる”だけの存在として。


青空の高みに、日の丸をつけた戦闘機が、甲高いエンジン音を響かせながら飛び去っていく。

耳をつんざくような爆音は、やがて遠ざかり、代わりにじりじりとした蝉の鳴き声があたりを満たした。


昭和二十年、葉月。終戦前日。

また、幸子の頭の中にそんな言葉が駆け巡った。


草むらの中に、二人の若者が並んで座っていた。

よく見と、それは、当時の飛行服を着た軍人と、お下げ髪に白いブラウス、モンペ姿の少女だった。

その姿が、夏の強い日差しの中でかすかに揺れているた。


「やっと、明日、部品が届くみたいなんだ」

ぽつりと、男が言う。


「そうなんですか。よかったですね!」

少女の声には、素直な安堵がにじんでいた。


「これでやっと、みんなの所へ戻れる。短い間だったけど……鶴子ちゃんには、いろいろとお世話になったね。ありがとう」

そのどこか区切りをつけるような言い方に、少女はわずかな違和感を覚えた様子で男を見つめた。


「こちらこそ、ボタンの付け方、教えてもろて……おおきに」

少女は、はにかむように笑った。


「僕んちは親一人子一人の家だから、何でも自分でしなきゃダメだったからね。裁縫は得意なんだ」


「へー」


他愛のない会話。

その穏やかさが、かえってこの場所の異質さを際立たせていた。


「母が病気がちでね……それで……もっと教えてあげたいんだけど、もう時間がないや」


ふっと落ちる影。


「お母さん、東京にいはるんですか?」


その問いに、男は首を横に振り、空を見上げた。


「この間の空襲で……やられちゃったよ。大学出たら、一生懸命働いて、楽させてあげたかったんだけど……」


言葉が、空に溶ける。


「そ、そやったんですか……ごめんなさい……」


少女が慌てて頭を下げた。


男は、静かに首を振った。


その沈黙の中で、蝉の声だけが、やけに大きく響く。


「でも……そやったら、私と一緒や!」


少女が、顔を上げる。

まっすぐに空を見つめて。


「一緒って?」


「うちも空襲で……お父ちゃん、お母ちゃん、それからお姉ちゃんも……全部やられてしもたんです」


幸子の胸が、かすかに締めつけられる。


「そうだったの……」


「おまけに、お兄ちゃんも……特攻で……」


「へー、お兄様もパイロットだったんだ」


「はい!海軍兵学校出たんですよ!それに大尉さんまでになったんですよ!凄いでしょう!」


その言葉には、誇りと、どうしようもない哀しみが入り混じっていた。


「それは凄い。学徒の僕とは、月とスッポンだ」


軽く笑う男。しかし、その笑いはどこか空虚だった。


「将来は大きな軍艦の艦長さんになるはずやったのに……」


少女の視線が、再び空へと向く。


「一家全滅ですわぁ」


その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも重かった。


「……辛い事、思い出させちゃったね。ごめんなさい」


「いいんです」


少女は首を振る。


「これから一人で生きていかなあかんし……もっと強よなって、お父ちゃんもお母ちゃんも、お姉ちゃんも、それとお兄ちゃんの分まで頑張って生きて行かな、あかんしね。めそめそなんて、してられません!」


その声は、細いのに、確かに折れていなかった。


男は、しばらく彼女を見つめていた。


「……そう。鶴子ちゃんは、凄いなぁ」


「凄いって?」


「だって……死にに行く人間に、生きて行くことを言うんだもん」


その言葉に、空気が一瞬、凍る。


「死にって……ご、ごめんなさい……」


「謝らなくったっていいよ」


男は、苦く笑った。


「負けると判ってるのに死にに行く者の方が、どうかしてるんだから」


幸子の耳に、その言葉は強く残った。


「えっ!?日本、負けるんですか?」


「う、うん……たぶん……」


蝉の声が、さらに激しくなる。


「そやったら、何で……負けると判ってるのに、石田さんは行かはるんですか?」


「同期の奴らは、もう半分以上も逝ってしまったんだ。僕も行かないと……あの世で奴らに合わせる顔がないんだよ」


「そ、そんなん……」


「もうこれは、戦争なんかじゃない。ただの意地の張り合いさ」


その言葉は、乾いた風のように響いた。


「石田さん!絶対、死んだらあかんよ!生きて帰って来てくださいね!また、お裁縫教えて下さいね!ぜったいですよ!」


少女の声が、必死にすがる。


男は、答えずに空を見上げた。


「もし……もし、生まれ変わる事が出来たら……」


少女が、その横顔を見つめる。


「今度は……旅客機に乗りたいな……」


「旅客機?」


「うん。それで、世界中の空を飛ぶんだ」


「世界中の?」


「鶴子ちゃん……今にね、飛行機でブーンて、世界中を旅行出来る日が、必ず来よ!」


幼い夢のような言葉だった。

だが、その響きは、不思議と確かな未来を孕んでいるように、幸子には感じられた。


「世界中を……飛行機で……ブーンて?」


男は、小さくうなずく。


そして、二人は並んで空を見上げた。


青く、どこまでも高い空。


白い雲が、ゆっくりと流れていく。


幸子もまた、その空を見上げていた。


この時代の彼らが知らない“明日”を知る者として。

けれど、その明日が決してやさしいだけのものではないことも、同時に知っている者として。


蝉の声が、鳴りやまない。


まるで、終わりゆく時間を、必死に引き留めるかのように。





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