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婚約破棄された公爵令嬢は、無能扱いの第二王子の政務を支えることになりました ~捨てた第一王子が後悔しても、もう遅いです~  作者: 藤宮レイ


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第99話 三者のテーブル

 使節の来訪は、予定より二週間早かった。


「ナディルと申します」


 東方通商連合、首席使節。


 深い色の外套に、飾りのない留め金。


 商人の装いだった。


 だが、目が違う。


 値踏みの目だ。


 人も、国も、同じ秤で量る目。


「ずいぶんと、お早いご到着ですね」


「ええ」


 彼は悪びれなかった。


「値の付く物は、早い者が取る」


 会談の卓には、殿下と私、外交官たち。


 そしてナディルと、随員が三名。


 ナディルは卓に着くなり、言った。


「単刀直入に伺いたい」


「どうぞ」


「貴国は、ルーデンと戦をする気か」


「いいえ」


 私は即答した。


「では、ルーデンに屈する気か」


「いいえ」


「なら、何を」


「卓を、大きくします」


 私は地図を広げた。


 王国。


 ルーデン。


 そして、東方。


「二者の卓には、勝ち負けしかありません」


「三者の卓には、選ぶ道があります」


 ナディルは地図を見下ろした。


「我々に、貴国と組めと?」


「いいえ」


 これも、即答した。


 彼の眉が、初めて動いた。


「組む、ではありません」


「同じ卓に、着くだけです」


「誰の側にも、立たなくていい」


「ただ――選べる卓を、一緒に作る」


 沈黙。


 長い沈黙。


 随員が数字を繰る音だけが、微かに響く。


 商人たちは、計算している。


 利益。


 危険。


 時間。


 あの日の、王都の商人たちと同じ顔で。


 やがて、ナディルは静かに笑った。


「……書状のとおりの国だ」


「口説かない。飾らない。数字と、記録」


「正直、気味が悪い」


「よく言われます」


「だが」


 彼は手を差し出した。


「期限を守る国とは、商売ができる」


 私はその手を取った。


 三者の卓が、成立した瞬間だった。


 細目はこれからだ。


 航路。関税。決済の仕組み。


 だが、骨は立った。


 二者の盤面が、三者になった。


 支配の盤が、交渉の卓になった。


「戴冠式の席は」


 別れ際、ナディルが言った。


「楽しみにしていますよ」


「ご用意します」


「どの席かで、貴国の腹が分かる」


 商人の目が、笑っていた。


 最初の交渉は、まだ終わっていない。


 使節団を見送る時だった。


 随員の一人が、書類の束を落とした。


 カイルが拾い上げ、渡す。


 拾って、渡して。


 それだけの、はずだった。


 夜。


 カイルが執務室に来た。


 顔色が、硬い。


「昼間の書類ですが」


「一瞬だけ、見えてしまったのですが」


 彼は声を落とした。


「様式が」


「――うちの、内部様式でした」


 ペンが、止まる。


「内容は」


「交渉の……腹案に、見えました」


 外に出ていないはずの文書。


 卓に着く前から、こちらの手札が見えていた。


 だから、あの即断。


 だから、あの早い到着。


 紙は、嘘をつかない。


 だから、怖い。


 どこかで。


 誰かが。


 私たちの紙を、外へ運んでいる。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!

第2章「境界の男」、次話から始まります。紙の指紋を、追います。

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