第100話 紙の指紋
漏洩。
その二文字を、私は会議で口にしなかった。
口にすれば、宮廷が騒ぐ。
騒げば、犯人は紙を燃やして沈む。
だから、静かに追う。
この国のやり方で。
記録で、追う。
「カイル」
「はい」
「漏れた文書の写しを、もう一度」
執務室の机に、二枚の紙を並べる。
こちらの原本と、カイルが目にした写しの記憶。
「様式は、うちの内部様式。それは間違いない?」
「間違いありません。頭書きの位置も、割り印の枠も」
「ですが」
彼は一点を指した。
「写した者の癖が、出ています」
「癖」
「はい。数字の七の、横棒です」
原本の七と、写しの七。
横棒の角度が、違う。
写字は、人がする。
人がすれば、癖が残る。
紙にも、指紋があるのだ。
「もう一つ、仕掛けます」
私は新しい紙を三枚、用意した。
「交渉の腹案を、三通作ります」
「三通、ですか」
「中身は、ほとんど同じ。ただし」
ペンを走らせる。
「数字を、一箇所ずつ変えます」
一通目は、関税の想定を二割。
二通目は、二割五分。
三通目は、三割。
「回覧先を、分けます」
「……漏れた数字で、経路が割れる」
カイルの目が変わった。
「はい」
罠ではない。
これも、記録だ。
どの紙が、どこを通って、どこへ出たか。
紙自身に、語らせる。
三通の腹案は、それぞれ別の部署へ回された。
私たちは、待った。
十日。
何も起きない、十日。
その間も、政務は続く。
戴冠式の設計。
席次の調整。
王太后さまの教育。
「姿勢がいいのは結構。でも、良すぎるのは駄目よ」
「良すぎては、いけないのですか」
「隙のない花嫁は、敵を増やすの」
学ぶことは、まだ多い。
十一日目。
カイルが、足早に執務室へ入ってきた。
「動きました」
一枚の紙を、机に置く。
東方との交渉筋から、回り回って手に入れた写しだという。
私は数字の欄を見た。
「――二割五分」
「二通目です」
二通目の回覧先は、限られている。
外務の一室と、記録庫と、そして――
「地方への、定期便」
カイルが言った。
「二通目だけが、地方の行政文書と同じ便で運ばれています」
「写しが作られたのは、王都ではありません」
彼は地図を広げた。
王都から、街道を南へ。
「便の中継地は、三つ。そのうち、写字の請負がある町は一つです」
指が、止まる。
「オルデン伯領の、町です」
オルデン伯。
その名前には、聞き覚えがあった。
旧第一王子派。
そして今――戴冠協賛を拒んでいる、あの伯爵。
「末端は、王都にいません」
カイルは言った。
「地方の、小さな代筆屋です」
紙の指紋は、境界へ向かって続いていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
次話、徴税権を盾に取る伯爵と、あの侯爵が再び動きます。
ブックマークや評価で応援いただけると励みになります!




