エピローグ② 均衡の外で
風が、静かに吹いていた。
高台の上。
王都から離れた、境界の地。
人は少ない。
だが、完全に途絶えているわけでもない。
商人が通り、旅人が休み、情報だけが行き交う場所。
私はその一角に立っていた。
特に理由はない。
ただ、ここが一番“よく見える”からだ。
遠くに、王都が見える。
小さく。
だが確かに。
煙が上がっていない。
人の流れも、安定している。
崩れていない。
「……なるほど」
小さく呟く。
予想通りだ。
いや。
予想以上かもしれない。
あの選択。
あの決断。
すべてが繋がっている。
制度を残し。
人を優先し。
そして――
国家を動かした。
「甘いと思っていたが」
口に出る。
自嘲ではない。
評価だ。
あの女は、制度を信じすぎていた。
だから崩れた。
だが。
そこから変わった。
理屈を捨てたのではない。
理屈に縛られなくなった。
「……そこか」
それが違いだった。
私にはできなかった選択。
均衡を守ること。
それが私の役割だった。
だからこそ。
崩すことも、また必要だった。
だが。
最後に選ばれたのは、あちらだった。
それでいい。
それでなければ、国家は持たない。
足元の石を軽く蹴る。
乾いた音が響く。
静かだ。
何も起きていない。
それが答えだった。
その時。
「……やっぱりここにいた」
声がした。
振り返る。
見慣れた顔。
かつての部下。
「探しましたよ」
「そうか」
短く返す。
「戻らないんですか」
問い。
だが強制ではない。
ただの確認。
私は少しだけ空を見た。
青い。
どこまでも。
変わらない。
「……必要ない」
答える。
「今の国家には」
私の役割は終わった。
それだけだ。
「……そうですか」
部下はそれ以上何も言わない。
理解している。
すでに。
「では、どうするんです」
次の問い。
私は少しだけ考える。
そして。
「見る」
短く答える。
「この先を」
それでいい。
関わらない。
だが、見届ける。
それが最後の役割だ。
風が吹く。
静かに。
遠くの王都を見つめる。
動いている。
確かに。
崩れていない。
それだけで――
十分だ。
「……これで」
小さく呟く。
「均衡は保たれる」
誰に聞かせるでもなく。
ただ、それが答えだった。
私は踵を返す。
歩き出す。
振り返らない。
もう、あの場所に戻ることはない。
だが。
それでいい。
国家は続く。
人がいる限り。
そして。
それを選んだ者がいる限り。
私は、その外で。
静かに、それを見ている。




