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婚約破棄された公爵令嬢は、無能扱いの第二王子の政務を支えることになりました ~捨てた第一王子が後悔しても、もう遅いです~  作者: 藤宮レイ


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エピローグ① フェルドの朝

 パンの焼ける匂いで、目が覚めた。


 まだ少し眠い目をこすりながら、私は起き上がる。


 窓の外は、もう明るい。


 朝だ。


「起きた?」


 母の声がする。


「うん」


 短く返事をして、外に出る。


 空気は少し冷たい。


 でも、嫌な感じじゃない。


 遠くで誰かが笑っている。


 荷車の音がする。


 市場の方から、声が聞こえる。


 全部、普通の音だ。


 それが、少し不思議だった。


「今日は早いのね」


 母がパンを並べながら言う。


「お腹すいた」


「はいはい」


 笑いながら、焼き立てを一つ渡してくれる。


 温かい。


 少し熱い。


 それでも、そのままかじる。


「……おいしい」


 思わず言葉が漏れる。


 母が少しだけ安心したように笑った。


 前は、こんな風じゃなかった。


 店は閉まっていた。


 人もいなかった。


 パンもなかった。


 あの日のことは、よく覚えている。


 みんなが怒っていた。


 怖かった。


 でも。


 止まった。


 あの人が来て。


「ねえ」


 私はパンを持ったまま言う。


「今日、行ってもいい?」


「どこに?」


「広場」


 母は少し考えてから、頷いた。


「遠くに行かなければいいわよ」


「うん!」


 すぐに外へ出る。


 走る。


 石畳を蹴る音が響く。


 転びそうになって、少しだけバランスを崩す。


 でも、止まらない。


 広場が見えてくる。


 人がいる。


 前よりずっと多い。


 露店も出ている。


 笑っている人がいる。


 話している人がいる。


 全部、戻ってきている。


 完全じゃない。


 まだ空いている場所もある。


 閉まったままの店もある。


 でも。


 動いている。


「……よかった」


 小さく呟く。


 誰に聞かせるでもなく。


 ただ、そう思った。


 広場の端に座る。


 パンをもう一口食べる。


 温かい。


 変わらない味。


 でも、前より少しだけ違う気がした。


 その時。


「あれ?」


 声がした。


 振り向く。


 見覚えのある顔。


 前に一緒にいた子だ。


「久しぶり!」


「うん!」


 自然に言葉が出る。


 前みたいに、怖くない。


 ただ、普通に話せる。


「最近どう?」


「普通!」


 それが一番だった。


 普通。


 それだけでいい。


 その子が言う。


「またパン食べてる」


「うん!」


「いいな」


「半分あげる」


 少し迷ってから、ちぎって渡す。


 その子は嬉しそうに受け取った。


「ありがと」


 笑う。


 それだけで、なんだか嬉しくなる。


 遠くで鐘が鳴る。


 朝の合図。


 街が本格的に動き出す。


 私は立ち上がる。


 パンを食べ終えて、手を払う。


「じゃあ、またね」


「うん!」


 走り出す。


 家へ戻る。


 母が待っている。


 店もある。


 仕事もある。


 生活がある。


 それが、ここにある。


 それだけでいい。


 それだけで、十分だった。


 空を見上げる。


 青い。


 どこまでも。


 あの日と同じ空。


 でも。


 今は違う。


 私は知っている。


 これは、当たり前じゃない。


 守られたものだ。


 だから。


 また今日も、生きていく。


 それが、この街で。


 この国で。


 続いている。

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