第83話 それでも続くもの
「……敗けだ」
その言葉が、まだ耳に残っていた。
夜明け前の空は、わずかに白んでいる。
エルドランは拘束され、静かに連れていかれた。
抵抗はなかった。
終わったのだ。
確かに。
完全に。
だが――
私は、その場に立ち尽くしていた。
風が吹く。
冷たい。
だが、どこか軽い。
「……終わりましたね」
カイルが言う。
私はゆっくり頷く。
「はい」
短く。
それ以上の言葉は出なかった。
終わった。
だが、何かが残っている。
胸の奥に。
それが何か、まだ言葉にできない。
王宮へ戻る道。
馬はゆっくり進んでいた。
急ぐ必要はない。
すべてが決まったからだ。
窓の外を見る。
空が明るくなっていく。
夜が終わる。
長い夜だった。
本当に。
「……これで」
カイルが言う。
「すべて解決ですか」
私は少しだけ考えた。
そして。
「いいえ」
首を振る。
「ようやく」
言葉を選ぶ。
「始まります」
カイルが小さく笑う。
「そうですね」
理解している。
すでに。
王宮に着く。
門が開く。
中に入る。
いつもと同じ景色。
だが、違う。
空気が変わっている。
緊張が解けている。
それでも――
どこか張り詰めている。
次を待っている。
私は執務室へ向かう。
扉を開ける。
ルシアン殿下がいた。
窓の前に立っている。
振り返る。
「終わったか」
「はい」
私は答える。
「完全に」
殿下は少しだけ息を吐いた。
「そうか」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
しばらく沈黙。
そして。
「……どうだった」
不意に問われる。
「何がですか」
「政治だ」
私は一瞬、言葉に詰まった。
だが、すぐに答えた。
「難しいです」
正直に。
殿下は少しだけ笑う。
「そうだな」
それから、私は続けた。
「正しいだけでは足りない」
「制度だけでも足りない」
「人だけでも、足りない」
すべてが必要だった。
そして。
すべてが足りなかった。
「……だから」
私は言う。
「続けます」
それしかない。
殿下は頷いた。
「任せる」
その一言で、すべてが決まる。
私は一礼する。
そして、振り返る。
廊下へ出る。
人が動いている。
書類が運ばれる。
声が交わされる。
国家は止まらない。
決着がついても。
終わらない。
それが現実。
私は歩く。
ゆっくりと。
一つ一つ。
その途中。
窓の外を見る。
王都の街。
朝日が差し込んでいる。
人が動き出している。
店が開く。
声が戻る。
生活が続いている。
それだけで、十分だった。
その時。
「お姉ちゃん!」
声がした。
振り向く。
小さな子供。
見覚えがある。
フェルドの――
「……あ」
私は思わず笑った。
子供が走ってくる。
手を引かれて。
母親もいる。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
私は首を振る。
「いいえ」
それだけでいい。
子供が言う。
「ご飯、食べられた!」
その一言で、すべてが報われた気がした。
「……よかった」
本当に。
心から。
それ以上の言葉はいらない。
母親が言う。
「街も、少しずつ戻っています」
「完全ではありませんが」
「それでも」
私は頷く。
「十分です」
それでいい。
完璧でなくていい。
続いていれば。
それでいい。
二人が去る。
私はその背中を見送る。
そして、前を向く。
やることはまだある。
制度を直す。
仕組みを整える。
同じことを繰り返さないように。
だが。
もう分かっている。
それでも、完全にはならない。
だから。
続ける。
それが、政治だ。
私は歩き出す。
朝の光の中へ。
国家は続く。
人がいる限り。
そして。
私は、その中にいる。
それだけで――
十分だった。
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