第69話 政治家の条件
フェルドの復旧は、完全ではないが安定し始めていた。
食料は行き渡り、最低限の流通も戻りつつある。
人々の表情も、ほんのわずかだが変わってきた。
絶望から――生活へ。
それだけで十分だった。
だが。
「他都市の状況です」
カイルの報告は、現実を突きつける。
「中継都市ベルナ、回復遅れ」
「農業都市シェルン、供給不足継続」
私は頷いた。
分かっている。
すべては救えない。
だが。
「最低限は維持させます」
「崩壊だけは防ぐ」
それが今の方針だった。
その時、扉がノックされる。
衛兵が入ってきた。
「ドミニク侯爵がお見えです」
カイルが一瞬警戒する。
私は静かに言った。
「通してください」
数秒後。
侯爵が入ってくる。
変わらぬ佇まい。
静かな目。
すべてを見ているような視線。
「お久しぶりです」
軽く一礼。
私は正面から向き合う。
「視察ですか」
「ええ」
侯爵は周囲を見渡す。
「興味深い状況です」
その言葉に皮肉はない。
純粋な評価だった。
「……失敗しました」
私は先に言った。
言い訳はしない。
侯爵は少しだけ目を細める。
「ほう」
「珍しいですね」
「認めるのは」
「事実ですから」
私は答える。
沈黙。
やがて侯爵が言う。
「では問います」
「何が失敗だったのですか」
私は少しだけ考える。
だが答えはすぐに出た。
「判断です」
「ルグナを優先したこと」
「均衡を崩したこと」
「そして」
一瞬だけ間を置く。
「人を数字で見たこと」
侯爵は黙って聞いている。
その目は厳しい。
だが否定していない。
「では」
彼は続ける。
「今はどうですか」
私は答える。
「人を優先します」
「効率は落ちます」
「制度も歪みます」
「それでも」
視線を逸らさない。
「生きていける状態を守る」
それが今の答え。
長い沈黙。
風の音だけが聞こえる。
やがて侯爵が、ゆっくりと言った。
「……ようやく」
その声は、わずかに柔らかかった。
「政治家になりましたね」
私は一瞬、言葉を失う。
それは初めての評価だった。
敵からの。
思想の対立者からの。
本物の評価。
「制度を作る者は多い」
侯爵は続ける。
「だが」
「人の上に立つ覚悟を持つ者は少ない」
私は静かに聞く。
「あなたは」
彼は言う。
「選びました」
「誰かを救い」
「誰かを後回しにすることを」
それが政治。
残酷で。
現実的で。
だが必要なもの。
「……はい」
私は頷く。
逃げない。
それを選んだのは自分だ。
侯爵は小さく笑った。
「安心しました」
「これでようやく」
「対話ができます」
私は少しだけ驚く。
「今までは違ったと?」
「ええ」
即答だった。
「今までは理想でした」
「これからは現実です」
その言葉は重い。
そして――
どこか嬉しかった。
「では」
侯爵は一歩引く。
「この件は、あなたに任せましょう」
「……いいのですか」
「ええ」
彼は言う。
「責任を取る覚悟がある者に、口を出す理由はありません」
それだけ言って、侯爵は去っていく。
静かに。
だが確実に。
私はその背中を見送った。
敵ではない。
味方でもない。
だが。
同じ“政治の側”に立った。
それだけは分かった。
カイルが小さく言う。
「……認められましたね」
私は少しだけ笑う。
「厳しいですね」
「ええ」
「だが」
窓の外を見る。
灯りがある。
人が生きている。
「これでようやく」
静かに言う。
「本番です」
政治は続く。
国家は続く。
そして次は――
もっと大きな波が来る。
その予感だけは、
はっきりとあった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




