第67話 それでも生きる理由
フェルドの夜は、静かすぎた。
物音が少ない。
人の気配が薄い。
それは眠っているからではない。
動けないからだ。
私は仮設の宿舎を出て、街を歩いていた。
灯りはまばら。
閉じられた扉。
時折、弱い咳の音。
都市が、弱っている。
その現実を、足の裏で感じる。
広場に着くと、昼間に見た母親と子供がいた。
焚き火の前に座っている。
火は小さい。
燃やすものがないのだろう。
「……まだ起きていたのですね」
私が声をかけると、女性は顔を上げた。
「ああ……」
少しだけ驚いた顔。
「王宮の方」
「はい」
私は隣に座る。
少し距離を置いて。
子供がこちらを見る。
じっと。
そして言う。
「お腹すいた」
またその言葉。
だが今度は、胸の奥に重く沈んだ。
「……ごめんなさい」
私は自然と口にしていた。
女性が静かに首を振る。
「謝らなくていい」
「……いいえ」
私は言う。
「これは私の責任です」
女性は少しだけ目を細めた。
「責任、か」
焚き火を見つめながら言う。
「そんな言葉、ここじゃ意味がない」
その通りだった。
責任では腹は満たされない。
言葉では生活は戻らない。
それでも。
「それでも」
私は続ける。
「やり直します」
女性は何も言わなかった。
ただ、火を見ている。
「……なぜ」
しばらくして、ぽつりと聞いた。
「なぜ、そこまでやる」
私は少しだけ考えた。
正しい答えを探すのではなく、
本当の答えを。
「……最初は」
ゆっくりと言う。
「制度を作りたかったんです」
女性は黙って聞いている。
「正しくて」
「効率的で」
「誰にとっても公平なもの」
理想だった。
間違ってはいない。
だが。
「でも」
私は火を見る。
「それだけでは、人は救えない」
子供が小さくあくびをした。
女性がその頭を撫でる。
「……当たり前だ」
静かな声。
「人は、今を生きてる」
その言葉が、胸に刺さる。
未来ではない。
理想でもない。
今。
目の前の空腹。
目の前の寒さ。
それがすべて。
私は頷いた。
「はい」
そして言う。
「だから」
「今を守ります」
女性が少しだけ笑った。
昼間とは違う笑い。
ほんの少しだけ、柔らかい。
「……できるのか」
私は答える。
「やります」
確信ではない。
決意だ。
子供がまた言う。
「明日、ご飯ある?」
私は迷わず答えた。
「あります」
その言葉に嘘はない。
そうするからだ。
女性が私を見る。
長い時間、見てから。
「……分かった」
小さく頷く。
「明日、待つ」
それだけだった。
信じたわけではない。
だが、完全には拒絶していない。
それで十分だった。
私は立ち上がる。
「明日、必ず」
そう言って、その場を離れた。
夜の空気は冷たい。
だが頭ははっきりしていた。
理想ではない。
制度でもない。
今、目の前の人間。
それを救う。
その積み重ねが、国家になる。
「……ようやく」
小さく呟く。
「分かってきました」
政治とは何か。
その答えが、少しだけ見えた気がした。
そして私は歩き出す。
やることは山ほどある。
だがもう迷わない。
次に選ぶのは、
理屈ではない。
人だ。
それが、
私の選ぶ政治だった。
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