第62話 崩れ始める都市
ルグナの空気は、王都とはまるで違っていた。
静かだった。
人はいる。
店も開いている。
だが――動いていない。
通りを歩く人々の足取りは重く、視線はどこか落ち着かない。
「……止まっている」
思わず呟く。
カイルが横で頷いた。
「はい」
「商会が動きを止めています」
都市は生き物だ。
流通が血液。
金が呼吸。
それが止まれば、都市は死ぬ。
そして今――
ルグナは、死にかけていた。
中央市場に入る。
かつては声が飛び交っていた場所。
だが今は違う。
値札は変わらず貼られている。
だが誰も買わない。
「高すぎる……」
「明日もっと上がるかもしれない」
「いや、逆に下がるかも」
不確実性。
それが市場を止めていた。
私は一つの店の前で立ち止まる。
中年の商人がこちらを見た。
疲れた顔。
目の奥に焦りがある。
「……王宮の人か」
すぐに見抜かれる。
「はい」
「状況を見に来ました」
商人は苦笑した。
「なら見ての通りだ」
店内を指す。
「売れない」
「仕入れもできない」
「金も回らない」
簡潔で、正確だった。
「原因は」
私は問いかける。
商人は即答する。
「分からない」
それが問題だった。
価格が読めない。
供給が読めない。
未来が読めない。
「だから動けない」
彼は言った。
「動けば損をするかもしれない」
「なら動かない方がいい」
それが合理的な判断。
だが、それが都市を殺す。
私は静かに言う。
「このままでは崩れます」
「分かってる」
商人は即答した。
「だがどうすればいい」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
制度はある。
対策もある。
だが――
ここには届いていない。
その時、通りの奥で騒ぎが起きた。
怒号。
人の波。
「何だ」
カイルが警戒する。
私たちは急いで向かう。
広場に人が集まっていた。
「ふざけるな!」
「税を取っておいて何もできないのか!」
「王宮は何をしている!」
怒りだった。
まだ暴動ではない。
だが、その一歩手前。
誰かが叫ぶ。
「王宮の人間はどこだ!」
視線が一斉にこちらへ向いた。
カイルが前に出ようとする。
だが私は手で制した。
そして、一歩前に出る。
「ここにいます」
ざわめきが広がる。
「……あんたが?」
「王宮の人間か」
「ええ」
私は頷いた。
逃げない。
ここで逃げれば、すべて終わる。
「説明してください」
誰かが言う。
「この状況を」
私は息を吸う。
言葉を選ぶ。
だが、取り繕う余裕はない。
「……今の制度は」
ゆっくりと言う。
「この状況を引き起こしています」
ざわめきが大きくなる。
責任の認識。
それを示す。
「ですが」
私は続ける。
「放置するつもりはありません」
「具体的には!」
鋭い声。
私は答える。
「流通保証を行います」
「資金も投入します」
「そして」
一歩踏み出す。
「価格の基準を提示します」
人々の表情が変わる。
完全な納得ではない。
だが――
聞く姿勢にはなった。
その時、誰かが小さく言った。
「……本当にやるのか」
私は迷わず答える。
「やります」
それが政治だ。
言葉を現実にすること。
だがその瞬間、私は理解していた。
これは簡単には終わらない。
ルグナは“最初”だ。
この問題は、ここだけではない。
都市は崩れ始めている。
そしてその波は――
確実に王国全体へ広がっていく。
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