第44話 公開の場で
再評価委員会、初会合。
場所は王宮大広間。
議事は公開。
貴族、商人、記者、そして市民代表。
傍聴席は満席だった。
舞台は整った。
ドミニク・ヴァルトハイム侯爵は穏やかに座り、
その隣に地方代表が並ぶ。
こちら側には、私とルシアン殿下、
そして経済監査官イザベラ・クラウディア。
「本日の議題は、新税制導入による影響評価」
司会役が淡々と告げる。
最初に発言したのは、地方商会代表だった。
「倒産件数は事実として増えている」
「緩衝策は不十分だ」
私は反論せず、資料を提示する。
数字。
再起支援件数。
融資通過率。
だが。
「それは机上の数字だ」
声が飛ぶ。
空気が揺れる。
そこで、イザベラが立ち上がった。
「数字は机上ではありません」
冷たいほど明確な声。
「現実の集計です」
場が静まる。
味方に見えた。
だが――
「しかし」
イザベラは、続けた。
「制度設計の移行期間は短すぎました」
空気が変わる。
私を見る視線が、一斉に集まる。
「私は当初、段階的移行を提案しました」
事実だ。
「政治的判断により、速度が優先された」
会場がざわつく。
侯爵の目が、わずかに光る。
私は立ち上がる。
「事実です」
ざわめきが止まる。
「移行速度は、私の判断です」
責任を、曖昧にしない。
「では、誤りだったのか」
地方代表の問い。
私は、即答しなかった。
数秒。
その沈黙が、重い。
「部分的には、誤りでした」
会場が揺れる。
侯爵が初めて、わずかに眉を上げた。
「だが」
私は続ける。
「制度の方向性は誤っていません」
「修正はします」
「撤回はしません」
明確な線引き。
イザベラが、私を見る。
その視線に、試す色があった。
「では、具体策を」
彼女が促す。
「移行期間を六か月延長」
「再起融資の審査基準を緩和」
「地方自治体との共同窓口設置」
私は、即座に答える。
事前に用意していたわけではない。
だが、視察で聞いた声は頭にある。
数字と顔。
両方を踏まえた案。
沈黙。
やがて、侯爵が口を開いた。
「……柔軟だ」
それは、評価でもあり、警戒でもある。
「撤回せず、修正する」
「強情ではない」
彼は、静かに続ける。
「だが、覚えておきなさい」
「修正を重ねるたび、信頼は削れる」
私は、はっきりと答えた。
「修正しないほうが、信頼は削れます」
会場が静まり返る。
イザベラが、わずかに口元を緩めた。
「……なるほど」
委員会初日は、決着しなかった。
だが、一つだけ確かだった。
私は、守りに入らなかった。
間違いを認め、
だが軸は折らない。
会議終了後。
イザベラが、静かに言った。
「今日のあなたは、政治家でした」
「褒め言葉でしょうか」
「ええ」
彼女は一瞬だけ、柔らかい目をした。
「数字だけでは、国は回りませんね」
初めての歩み寄り。
だが。
侯爵は、静かに広間を後にしながら呟く。
「舞台は整った」
「次は、感情を揺らす」
包囲網は、まだ閉じていない。
だが確実に、狭まっている。
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