第45話 王妃にふさわしいか
火がついたのは、新聞だった。
《王位後継者の伴侶に必要な資質》
見出しは、以前と同じ。
だが、内容は明確に踏み込んでいた。
「冷静な判断力は統治には有益だが、民の母となる資質とは別問題ではないか」
「制度を優先する姿勢は、家庭より国家を取るという意思の表れでは」
「王妃は理論家であるべきか、慈愛の象徴であるべきか」
名前は出ていない。
だが、誰を指しているかは明白だった。
王都のサロンで、議題は一つになる。
「王妃としては冷たすぎるのでは?」
「婚約破棄された過去もあるし……」
「第一王子が離れたのには理由があったのでは」
噂は、制度よりも速く広がる。
王宮内でも、空気が変わり始めた。
「……動きが早いな」
ルシアン殿下が低く言う。
私の机には、数通の匿名書簡。
「国を導く女に、母性はあるのか」
「王家に相応しい血か」
血統。
ついにそこまで来た。
「侯爵は直接動いていません」
カイルが報告する。
「だが、複数の貴族家のサロンで同じ話題が流れています」
つまり、空気は作られている。
「潰すか」
殿下の問い。
私は、首を振る。
「潰せません」
思想は弾圧できない。
弾圧すれば、正当化される。
「では」
「受けます」
殿下が、わずかに目を細める。
「どう受ける」
「王妃教育を公開します」
静まり返る。
「公開?」
「はい」
「私が何を学び、何を考えているか」
「隠さず見せます」
王妃教育は、本来非公開だ。
王家の作法、外交儀礼、歴史、慈善事業。
それを公開するということは――
評価の場に立つということ。
「危険だ」
殿下は言う。
「叩かれる」
「承知しています」
だが、隠れれば“冷たい女”が完成する。
ならば、見せる。
その日の夜。
ドミニク侯爵の屋敷。
「王妃教育を公開?」
側近が驚く。
侯爵は、静かに笑う。
「賢い」
「だが」
紅茶を置く。
「教育とは、完成していない者が受けるもの」
「未熟さが露呈すれば、どうなる?」
舞台は、さらに広がる。
翌週。
王宮講堂で、王妃教育の一部が公開された。
私は、外交儀礼の講義を受ける。
歴史討論に参加する。
慈善制度について意見を述べる。
視線が突き刺さる。
評価の目。
疑いの目。
だが、逃げない。
講義の後。
年配の貴族夫人が、私に近づいた。
「あなたは、強い」
その声に棘はない。
「だが、王妃は強さだけでは足りません」
私は、深く一礼する。
「ご教授ください」
その姿勢に、わずかに空気が揺れる。
冷たい女は、教えを請わない。
だが、私は請う。
学ぶ。
変わる。
だが、折れない。
数日後。
新聞の論調が、わずかに変わった。
《王妃候補、公開教育に臨む》
《議論を恐れぬ姿勢》
火は、完全には消えていない。
だが、燃え広がってもいない。
夜。
殿下が静かに言う。
「辛いか」
私は、少しだけ笑った。
「制度より、こちらの方が」
「ええ」
感情は、数値化できない。
だが。
逃げない限り、
空気は、完全には敵にならない。
ドミニク侯爵は、窓の外を見ながら呟く。
「折れないか」
「では、次は――」
包囲網は、さらに一段深くなる。
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