第42話 石を投げられる覚悟
グレイヴンの空気は、王都とは違った。
港には活気がある。
だが、その裏で閉じた商会の看板が、いくつも外されていた。
視察団が到着したとき、歓声は上がらなかった。
ざわめき。
探るような視線。
「本当に来たのか」
「顔を見せるとはな」
歓迎ではない。
確認だ。
私は、護衛を最小限に抑えた。
騎士団長レオンハルトは不満そうだったが、最終的に了承した。
「守りは保つ」
「だが、前には出るな」
彼の声は低い。
私は頷いた。
港の広場に立つ。
「本日は時間をいただき、ありがとうございます」
形式的な挨拶は、途中で遮られた。
「ありがとう、だと?」
中年の男が一歩前に出る。
「うちは三代続いた商会だ」
「先月、畳んだ」
ざわめきが広がる。
「制度が透明になった?」
「結構だ」
「だが、俺たちは沈んだ」
言葉は荒い。
だが、嘘はない。
私は、逃げなかった。
「事実です」
広場が静まる。
「新制度で、倒産は増えました」
「私の判断です」
責任の所在を曖昧にしない。
「では、どうしてくれる」
別の声。
「救済は一部だけだ」
「間に合わなかった者は?」
私は、息を吸う。
「すべてを救えません」
空気が揺れる。
騎士がわずかに動く。
「ですが」
声を強める。
「だからといって、元に戻すことはしません」
怒号が上がるかと思われた。
だが、私は続ける。
「曖昧な制度は、いずれもっと多くを沈めます」
「今、痛みを受けている方々を軽視しているわけではありません」
「だからこそ、緩衝を入れました」
「再出発の資金を、用意しました」
最前列の男が睨む。
「足りない」
「分かっています」
私は、一歩前に出る。
「だから、話を聞きに来ました」
沈黙。
「机の上では見えないものがあります」
「数字では分からない事情があります」
「それを、教えてください」
罵声は来なかった。
代わりに、戸惑いが広がる。
冷たい女。
壊す女。
その像が、わずかに揺らぐ。
「……聞くだけか」
男が低く言う。
「聞くだけでは終わりません」
「改善します」
「期限付きですが、調整します」
正直だ。
万能ではないと認める。
それが、空気を変えた。
やがて、一人が口を開く。
「実はな」
そこから、具体的な問題が出始める。
資金の流れ。
書類の複雑さ。
移行期間の短さ。
私はすべて書き留めた。
日が傾くころ。
最初に声を上げた男が、ぽつりと呟く。
「……逃げなかったな」
「はい」
「石を投げられる覚悟は?」
私は、静かに答える。
「あります」
男は、鼻を鳴らした。
「今日は投げねえ」
それだけだった。
帰路の馬車の中。
私は静かに目を閉じる。
守れなかったものはある。
だが、向き合った。
「どうだった」
殿下の問い。
「まだ足りません」
だが。
「壊れてはいません」
風向きは、まだ不安定だ。
だが、完全に敵ではなくなった。
改革の戦いは、
信頼を一つずつ積む戦いへと変わり始めていた。
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