第41話 噂は風より速く
最初は、些細な噂だった。
「改革責任者の令嬢は、冷酷らしい」
「婚約破棄されたのも、性格に問題があったからだとか」
王都のサロンで、紅茶の湯気とともに流れる言葉。
根拠はない。
だが、否定もできない。
噂とは、そういうものだ。
「発信源は特定できません」
カイル・レインが、静かに報告する。
諜報担当に任命したばかりの青年。
「複数の貴族家を経由しています」
「意図的です」
私は、頷く。
偶然ではない。
ドミニク侯爵は、直接は手を出さない。
だが、“疑問”を置いた。
あとは、勝手に育つ。
「王妃適性についての記事も出ました」
マリエルが、新聞を差し出す。
見出しは穏やかだ。
《王位後継者の伴侶に求められる資質とは》
名指しではない。
だが、明らかに私を指している。
「感情を排した政策判断は、家庭に冷たさを持ち込まないか」
「女性らしさと統治能力は両立するのか」
悪意は、曖昧な言葉で包まれている。
殿下は、新聞を机に置いた。
「潰すか」
短い問い。
「いいえ」
私は即答する。
「潰せば、火種になります」
噂は、否定すれば広がる。
「では、どうする」
「事実で上書きします」
私は立ち上がる。
「公開視察を増やします」
「地方を回り、直接話します」
殿下が、わずかに眉を上げる。
「危険だぞ」
「承知しています」
だが、座っていれば“冷たい女”になる。
動けば、見える。
その頃、ドミニク侯爵の屋敷。
「順調ですね」
側近が、微笑む。
侯爵は、静かに紅茶を口にする。
「攻撃はしていない」
「ただ、問いを投げただけだ」
それだけで、空気は動く。
「感情は制度より強い」
「彼女が制度を武器にするなら」
「我々は空気を使う」
穏やかな声。
だが、その目は鋭い。
一方、私は視察準備を進めていた。
グレイヴン。
倒産が増えた都市。
数字の向こうにある顔を、見るために。
「……怖くはありませんか」
マリエルの問い。
「怖いです」
正直に答える。
「ですが、逃げれば本当になります」
冷たい女。
壊す女。
その噂が。
私は、窓の外を見る。
風が吹いている。
噂は風より速い。
だが。
足を止めなければ、
風向きは変えられる。
改革の戦いは、
数字から、感情へと移った。
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