第30話 法の名の下に
動いたのは、監察官ではなかった。
王国法務卿クラウス・ハイデマンの名が出た瞬間、
王宮内の空気が、さらに一段冷えた。
「法務卿が、資料の提出を求めています」
書記官リヒャルトの報告は、簡潔だった。
私は、思わず息を整える。
監査は、あくまで“観察”だ。
だが、法務は違う。
そこから先は、判断ではなく――裁定になる。
「……対象は?」
ルシアン殿下が問う。
「第一王子殿下管轄の一部記録です」
言葉を選ばないのが、彼の流儀だった。
「不整合が確認された箇所を中心に」
殿下は、短く頷いた。
「正式な手続きだな」
「はい」
それ以上の感情は、挟まれない。
一方、第一王子アルノルト殿下の執務室では、
明らかな動揺が広がっていた。
「法務卿、だと?」
声が、わずかに上ずる。
「なぜ、そこまで……」
側近たちは、言葉を失っていた。
誰もが分かっている。
法務卿が動くということは、
“感情で覆せる余地がなくなった”という意味だ。
「形式的な確認だ」
アルノルト殿下は、そう言い聞かせるように言う。
「違法性があるわけではない」
ヴェルナー・シュタインは、静かに口を開いた。
「……意図が問われます」
その一言が、致命的だった。
「改ざんか、整理か」
「過失か、操作か」
法務卿が見るのは、結果ではない。
意志だ。
「殿下」
ヴェルナーは、低く続ける。
「今からでも、正直に――」
「黙れ」
アルノルト殿下の声は、鋭かった。
「私が、不正をしたと?」
「……いいえ」
だが、否定は弱い。
その日の午後、
法務卿クラウス・ハイデマンは王の前に立っていた。
「確認を開始します」
感情の一切ない声。
「対象は、記録修正の経緯」
「及び、修正が行われた意図」
王は、短く頷いた。
「法に則り、進めよ」
それだけだった。
法務卿は、すぐに執務を開始する。
監察官の記録。
書記官の写し。
原本との差異。
一つ一つ、淡々と照合されていく。
「……修正そのものは、違法ではありません」
クラウスは、静かに言った。
第一王子派が、わずかに息をつく。
「しかし」
続く言葉が、すべてを切り裂いた。
「修正の目的が、“評価の操作”に該当する可能性があります」
その場が、凍りつく。
「これは、継承会議中の行為です」
「意図的であれば、重大な問題となります」
私は、言葉を挟まなかった。
ここは、私の出る幕ではない。
制度が、法が、
すべてを裁く。
クラウス・ハイデマンは、結論を急がない。
だが、彼が動いたという事実そのものが、
すでに強烈なメッセージだった。
――感情の戦いは、終わった。
これから先は、
法の名の下に、決着がつく。
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